国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(建造物)
各棟情報
名称
:
旧第九十銀行本店本館
ふりがな
:
きゅうだいきゅうじゅうぎんこうほんかん
棟名
:
棟名ふりがな
:
旧第九十銀行本店本館
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員数
:
1棟
種別
:
近代/商業・業務
時代
:
明治
年代
:
明治43
西暦
:
1910
構造及び形式等
:
煉瓦造、建築面積264.61平方メートル、2階建、一部地下1階、スレート及び銅板葺、煉瓦塀附属
創建及び沿革
:
棟礼、墨書、その他参考となるべき事項
:
指定番号
:
02444
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2004.07.06(平成16.07.06)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
重文指定基準1
:
(一)意匠的に優秀なもの
重文指定基準2
:
(三)歴史的価値の高いもの
所在都道府県
:
岩手県
所在地
:
岩手県盛岡市中ノ橋通一丁目1番25号
保管施設の名称
:
所有者名
:
盛岡市
所有者種別
:
管理団体・管理責任者名
:
旧第九十銀行本店本館
解説文:
詳細解説
旧第九十銀行本店本館は,盛岡市中心部にあり,明治41年起工,同43年12月に完成した。設計者は盛岡出身の横浜勉である。
煉瓦造2階建,一部地下1階で,南棟の東には煉瓦造の脇塀がつく。一階が営業室と客溜,金庫室,応接室,頭取室,二階が総会室,重役室などからなる。
外観は,ロマネスク・リヴァイヴァル様式により銀行建築としての重厚性を表しつつ,室内ではゼツェッシオンの平明かつ簡潔な意匠を創り出している。
旧第九十銀行本店本館は,全体として装飾要素は抑制され,様式建築からの離脱の過程を示す作品であり,一九世紀末の欧州の建築運動をいち早く反映させた遺構として,我が国近代建築史上,重要である。また,二階床組のトラス梁や二階床換気口の開閉機構など,構造技法等にも見るべきものがある。
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
添付ファイル
なし
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旧第九十銀行本店本館
旧第九十銀行本店本館 内部
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旧第九十銀行本店本館
写真一覧
旧第九十銀行本店本館 内部
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解説文
旧第九十銀行本店本館は,盛岡市中心部にあり,明治41年起工,同43年12月に完成した。設計者は盛岡出身の横浜勉である。 煉瓦造2階建,一部地下1階で,南棟の東には煉瓦造の脇塀がつく。一階が営業室と客溜,金庫室,応接室,頭取室,二階が総会室,重役室などからなる。 外観は,ロマネスク・リヴァイヴァル様式により銀行建築としての重厚性を表しつつ,室内ではゼツェッシオンの平明かつ簡潔な意匠を創り出している。 旧第九十銀行本店本館は,全体として装飾要素は抑制され,様式建築からの離脱の過程を示す作品であり,一九世紀末の欧州の建築運動をいち早く反映させた遺構として,我が国近代建築史上,重要である。また,二階床組のトラス梁や二階床換気口の開閉機構など,構造技法等にも見るべきものがある。
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詳細解説
旧第九十銀行本店本館 一棟 旧第九十銀行本店本館は、盛岡市の中心を貫流する中津川の南、旧奥州街道に面した北東角地に位置する。同行は明治一一年に第九十国立銀行として創立、同三〇年に株式会社に改組、第九十銀行と改称した。明治四〇年七月の株主総会で本店の新築が決定され、同四一年三月一五日に起工、同四三年一二月一一日に落成式を行った。創建の経緯については『岩手日報』第四一〇三号(明治四三年一二月一一日付)、『同』第四一〇四号(同月一三日付)に詳しい。 設計者は盛岡出身の横浜勉、工事監督は久田喜一が当たった。昭和四一年までは銀行店舗、のち銀行関連会社の事務所として使用され、平成一三年に盛岡市所有となり、同一四年に保存、活用を目指した修理工事が竣工している。現在は、財団法人盛岡観光コンベンション協会の管理、運営により「もりおか啄木・賢治青春館」として公開されている。 建物は煉瓦造二階建、一部地下一階で、正面の南棟が桁行一四・七メートル、梁間一一・三メートル、その北面西寄りに桁行九・一メートル、梁間一〇・九メートルのやや軒高の低い北棟が鉤形に接続する。南棟の東には煉瓦造の脇塀がつき、脇門を開く。正面西側には石積みで囲った植え込みを設ける。室構成は、南棟一階を営業室と客溜、二階を一室の総会室、北棟は一階南半を西から通用口兼階段室と金庫室、北半を西から応接室と頭取室とし、二階は南半を階段室、北半を西から重役室と控室とする。 外観と営業室は「ローマ子スクレバイバル式」、その他諸室は「セセシヨン式」の意匠と伝える。正面入口をわずかに西寄りに構え、東半が延びて非対称である。南棟の屋根は寄棟造で、軒先で勾配を緩くし、東側の延長分は棟を一段下げてマンサード屋根とする。西面に切妻屋根付のドーマー窓、南面に櫛形ドーマー窓を飾り、大棟には棟を直交させた急勾配の飾り棟を載せる。北棟はマンサード屋根で、櫛形ドーマー窓を飾る。屋根はスレート葺で、勾配の緩いマンサード上部と軒先を銅板葺とする。外壁は黄褐色の化粧煉瓦積で、花崗岩切石の軒蛇腹と胴蛇腹を巡らせ、やや濃色の化粧煉瓦積とした腰壁上端にも花崗岩を廻す。正面入口上には一対の小塔飾りが軒蛇腹を中断して、切妻壁を立ち上げる。隅石は花崗岩の荒々しいルスティカで、南西角には丸みをつけ、軒蛇腹下で滑面に仕上げて拳状の突起で飾る。正面入口前の階段は中途に踊り場を設け、さらに隅丸三方登りの石造階段で、欄間付の両開き木製ガラス戸に至る。入口にはルスティカの半円アーチを双子柱で支え、大理石張でファンライトを表す。窓は上げ下げ窓で、二連、三連と組み合わせ、木製建具は桟割なしの一枚ガラスとする。一階および入口上部の二連は欄間付で花崗岩切石の楣石を入れ、他は欄間無しでルスティカのアーチを飾る。北棟は軒蛇腹と胴蛇腹を簡素にしている。西面の通用口には石造階段がつき、両開きガラス戸を開く。開口部には全て双折の防火鉄扉がつく。 営業室には四本の鋳鉄製独立円柱が立ち、南から西へ折れ曲がりで客溜を設けていた。客溜の床はモルタル塗で、四半敷の目地を切る。独立円柱の角形柱頭には抽象化した人面に見えるモチーフを四面に飾る。天井と内壁は白漆喰塗、腰壁を縦羽目板張とする。内壁上部には蛇腹を廻し、曲面を介して梁形を表した天井を支持する。天井中央には桜を模した行章を大きく塗り出して中心飾とする。東壁中央に暖炉を設け、木製マントルピースで飾る。窓上部はロンバルディア帯で飾る。金庫室は煉瓦造ヴォールトを天井とし、回転錠付の鉄扉を釣り込む。総会室は装飾を抑えた平明な意匠で、天井と壁は白漆喰塗とし、わずかに折り上げた天井に矩形の換気口を切り明ける。東壁中央に暖炉を設け、鏡を組み込んだ直線的な構成の木製マントルピースで飾る。北棟の各室にもそれぞれ意匠を違えた暖炉を飾る。階段は折れ曲がりで二階ホールに至り、大小二箇所の木製階段で総会室に昇る。階段室二階は大スパンの木造ヴォールト天井を架けて白漆喰塗とする。 基礎は地盤を七尺掘り下げて煉瓦積とし、床下に空間を残している。頭取室と応接室の床下は漆喰塗内装を施し地下室とする。金庫室の基礎は煉瓦造ヴォールトとする。また、営業室の独立円柱間に桁行方向に掛け渡した二階床梁には、丸鋼を引張材に用いた逆クイーンポスト・トラス形の木製合せ梁が用いられている。小屋組は木造トラスで、要所の引張材に丸鋼を用いる。二階床下の換気口には機械式の開閉装置が採用された。 旧第九十銀行本店本館は、ロマネスク・リヴァイヴァルの外観によって銀行建築としての重厚性を獲得しつつ、諸室内装にはゼツェッシオンの平明かつ簡潔な意匠を表している。全体として装飾要素は抑制され、様式建築からの離脱の過程を示す作品であり、一九世紀末欧州の建築運動をいち早く反映させた遺構として、我が国近代建築史上、重要である。また、二階床組のトラス梁や二階床換気口の開閉機構など、構造技法等にも見るべきものがある。 【参考文献】 『盛岡市指定文化財旧第九十銀行本店保存・修理・活用工事報告書』(盛岡市 二〇〇二年)