国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(建造物)
各棟情報
名称
:
石山寺
ふりがな
:
いしやまでら
棟名
:
御影堂
棟名ふりがな
:
みえいどう
石山寺 御影堂
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員数
:
1棟
種別
:
近世以前/寺院
時代
:
室町中期
年代
:
室町中期
西暦
:
1393-1466
構造及び形式等
:
正面三間、側面三間、背面張出附属、一重、宝形造、檜皮葺
創建及び沿革
:
棟礼、墨書、その他参考となるべき事項
:
指定番号
:
02536
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2008.12.02(平成20.12.02)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
重文指定基準1
:
(三)歴史的価値の高いもの
重文指定基準2
:
所在都道府県
:
滋賀県
所在地
:
滋賀県大津市石山寺
保管施設の名称
:
所有者名
:
石山寺
所有者種別
:
管理団体・管理責任者名
:
石山寺 御影堂
解説文:
詳細解説
石山寺は、大津市内に所在する真言宗寺院で、平安時代建立の本堂を中心とした伽藍をもつ。
室町期創建の御影堂は、慶長期に洗練された外観に整備された。三十八所権現社本殿は慶長7年(1602)の建築で、華麗な彫刻や彩色で装飾され、その拝殿として同時に建てられた蓮如堂とともに、寺院における鎮守社の構成を伝える遺構として貴重である。経蔵を含めたこれらの建物群は、石山寺の独特な伽藍を形成した、慶長期の復興造営の様相を伝える建築物として高い歴史的価値がある。
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
石山寺 御影堂
石山寺 御影堂(内部)
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石山寺 御影堂
写真一覧
石山寺 御影堂(内部)
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解説文
石山寺は、大津市内に所在する真言宗寺院で、平安時代建立の本堂を中心とした伽藍をもつ。 室町期創建の御影堂は、慶長期に洗練された外観に整備された。三十八所権現社本殿は慶長7年(1602)の建築で、華麗な彫刻や彩色で装飾され、その拝殿として同時に建てられた蓮如堂とともに、寺院における鎮守社の構成を伝える遺構として貴重である。経蔵を含めたこれらの建物群は、石山寺の独特な伽藍を形成した、慶長期の復興造営の様相を伝える建築物として高い歴史的価値がある。
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詳細解説
石山寺 四棟 御影堂、蓮如堂、三十八所権現社本殿、経蔵 石山寺は、琵琶湖に発する瀬田川の西岸に所在する真言宗寺院で、天平一九年(七四七)の創建とされ、平安時代以降は、真言密教の寺として、また西国三十三所観音霊場としても知られ、参詣が盛んとなった。 創建後、徐々に境内が整えられ、承暦二年(一〇七八)に火災により伽藍を焼失するも間もなく再興され、降って慶長期に豊臣家の寄進による復興が図られ、現在の伽藍の礎が築かれた。 境内は、瀬田川畔に東大門を構え、参道奥から北側に登る石段の上に、雛壇状の伽藍を構える。伽藍の下段には、観音堂と毘沙門堂、御影堂が建ち、西側に蓮如堂、そのさらに西奥に懸造の本堂が建つ。また蓮如堂の上方に三十八所権現社本殿が鎮座し、裏手の経蔵や東側の鐘楼とともに、伽藍中段を構成する。さらに上段には、多宝塔や宝蔵などが配されている。このうち、本堂と多宝塔が国宝、東大門と鐘楼、宝筐印塔が重要文化財に指定されており、また御影堂と三十八所権現社本殿が昭和三三年一月二四日付、蓮如堂と経蔵、毘沙門堂が平成一九年六月一日付で滋賀県指定有形文化財に指定された。 御影堂は、室町中期の建立とみられ、もとは三昧堂あるいは法華堂と呼ばれた。正面三間、側面三間、宝形造、檜皮葺で、背面に一間通の張出しを設け、正側面に擬宝珠高欄付の切目縁を廻す。 堂内は、正面の入側筋に三間虹梁を架けて、柱二本を省く。中央間の後方、方一間を板壁で囲って内陣とし、内部の須弥壇に、弘法大師、良弁、淳祐の三祖師を祀る。建立当初は中央方一間に須弥壇を置く三昧堂形式であったが、慶長期に堂全体の修理が行われ、さらに江戸中期に前掲の虹梁を補加して後方を内陣とした。 軸部は、円柱を長押で固め、組物は三斗を置き、中備撥束、軒は二軒繁垂木である。天井は中央方一間を棹縁天井、内陣を格天井とし、ほかは化粧屋根裏とする。 柱間装置は、正面中央間は幣軸双折板扉、側面中央間は両開板扉、正面脇間と側面前端間は半蔀を吊り、障子をたてる。また内陣正面には双折板扉を開く。 蓮如堂は、もと三十八所権現社の拝殿で、明治以降、蓮如を祀るようになったことから蓮如堂と呼ばれている。慶長七年(一六〇二)の建立になり、桁行五間、梁間四間、入母屋造、桟瓦葺である。東面に出入口を開き、南面を本堂同様に懸造とする。 平面は、南側三間通を室とし、北側一間通を広縁とするが、南側三間通についても、東正面の一間通を吹放しとする。また北面を除く三面に擬宝珠高欄付の切目縁を廻す。内部は西側一間通を内陣、ほかを外陣とし、内陣の厨子に蓮如の御影を祀る。 軸部は、角柱を貫と長押で固め、舟肘木で桁を受ける。軒は一軒疎垂木で、妻飾は木連格子とする。室内は棹縁天井を張り、北側の広縁を化粧屋根裏とする。 柱間装置は、東面入側筋の室境は、中央間を方立構の両開板扉、脇間を吹寄舞良戸引違とし、南面は舞良戸嵌殺とする。西面は土壁および板壁で、北面入側筋は、中央三間を腰高障子引違、西端間を舞良戸嵌殺とする。 三十八所権現社本殿は、慶長七年の建立で、間口の広い一間社流造、屋根は檜皮葺である。三方に刎高欄付の榑縁を廻らし、正面に木階七級と浜床を張り、内部は棟通で内外陣に仕切る。 軸部は、身舎は円柱を長押で固め、組物は大斗上に独特な絵様の実肘木を組む。向拝は角柱上に三斗を組み、海老虹梁で身舎と繋ぐ。柱間装置は、内外陣境に板扉を開き、身舎正面を格子戸引違、他は横板壁とする。痕跡によると、もとは内陣内部を素木とし、外陣と外部が極彩色で彩られていた。軒は二軒繁垂木で、妻飾は虹梁大瓶束である。 経蔵は、様式から慶長期の造営とみられる。桁行三間、梁間二間、校倉、切妻造、桟瓦葺で、北側面は露岩上に柱を立てる。内部は一室で棹縁天井を張り、正面を除く三方に棚を設ける。また東正面中央間を出入口とし、幣軸両開板扉とする。 軸部は、八角断面の束を頭貫で繋ぎ、柱上に台輪を組み、さらに両方向の校木を同高に組上げる。軒は一軒繁垂木で、妻飾は虹梁豕叉首である。 石山寺御影堂は、室町期の軸部構成を保持しつつ慶長期の整備による洗練された外観をもち、また蓮如堂と三十八所権現社本殿は、寺院における鎮守社拝殿および本殿の構成や礼拝形態を伝える遺構として、いずれも貴重である。経蔵を含めたこれらの堂宇は、石山寺の独特な境内景観を形成した慶長期復興造営の様相を伝える建築物として高い歴史的価値があり、重要文化財に指定して中心伽藍の総合的な保存を図る。 【参考文献】 『石山寺の古建築』(大本山石山寺 二〇〇六年)