国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
重要伝統的建造物群保存地区
主情報
名称
:
桜川市真壁
ふりがな
:
さくらがわしまかべ
桜川市真壁
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種別1
:
在郷町
種別2
:
面積
:
17.6 ha
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
選定年月日
:
2010.06.29(平成22.06.29)
追加年月日
:
選定基準1
:
(二)伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持しているもの
選定基準2
:
選定基準3
:
所在地
:
茨城県桜川市
桜川市真壁
解説文:
詳細解説
桜川市真壁町は、戦国期の真壁城(国指定史跡)に付属した集落に起源を持つ。江戸時代に入ると、笠間(かさま)藩の陣屋が置かれて在郷町として発展した。
保存地区内には江戸時代以来の町割がよく残り、天保の大火後の重厚な蔵造(くらづくり)の町家を中心に、近代の町家や洋風建築も残る。間口の広い敷地では主屋脇に薬医門(やくいもん)や袖蔵(そでくら)を建てて塀を巡らすなど、北関東らしい多様な町並み景観に特徴がある。
関連情報
(情報の有無)
添付ファイル
なし
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桜川市真壁
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桜川市真壁
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解説文
桜川市真壁町は、戦国期の真壁城(国指定史跡)に付属した集落に起源を持つ。江戸時代に入ると、笠間(かさま)藩の陣屋が置かれて在郷町として発展した。 保存地区内には江戸時代以来の町割がよく残り、天保の大火後の重厚な蔵造(くらづくり)の町家を中心に、近代の町家や洋風建築も残る。間口の広い敷地では主屋脇に薬医門(やくいもん)や袖蔵(そでくら)を建てて塀を巡らすなど、北関東らしい多様な町並み景観に特徴がある。
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詳細解説
桜川市は茨城県中部、筑波山の北側に位置し、市域南部の真壁町は、東から南に連なる筑波山系を背に、西側へ緩やかに下る傾斜地に広がる。 真壁町は、真壁城(国指定史跡)に付属した集落に起源を持ち、町割もその頃のものを継承しつつ、遅くとも慶長20年(1615)までには成立していたと考えられる。笠間藩の支配となった後は、城に代わって陣屋が置かれ、周辺地域の物産が集散する在郷町として発展し、北関東及び東北地方への木綿販売の拠点としても繁栄した。 江戸時代は、陣屋を中心とし、東西に延びる4本の主要な通りに沿って5町が形成され、周囲を藪や柵によって画されていた。町並みは茅葺家屋が主体であったとみられるが、天保8年(1837)の大火後は、蔵造(くらづくり)の町家が次第に普及していった。近代には陣屋が廃され、跡地西半が改変を受けたが、近世初頭以来の町割は現在も良く残されている。 保存地区は、江戸時代の真壁町の中心部分を占める約17.6ヘクタールの範囲である。 仲町(なかまち)と下宿町(しもじゅくちょう)を南北に結ぶ「御陣屋前(ごじんやまえ)通(どお)り」に蔵造(くらづくり)の町家が集中し、仲町(なかまち)や上宿町(かみじゅくちょう)には、真壁造(しんかべづくり)の町家や平屋建の住宅などが残り、敷地の奥には煉瓦造や石造の蔵も残る。間口の広い敷地では主屋脇に薬医門(やくいもん)や袖蔵(そでくら)を建てて塀を巡らすなど、多様性のある町並み景観がみられる。 桜川市真壁伝統的建造物群保存地区は、戦国期を起源としつつ、近世初頭に成立した町割を良く残す。町並みには、近世後期から近代にかけての多様な伝統的建造物が残り、筑波山北麓に栄えた在郷町の歴史的風致を今日に良く伝え、我が国にとって価値が高い。