国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
重要伝統的建造物群保存地区
主情報
名称
:
喜多方市小田付
ふりがな
:
きたかたしおたづき
喜多方市小田付
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種別1
:
在郷町
種別2
:
醸造町
面積
:
8.6 ha
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
選定年月日
:
2018.08.17(平成30.08.17)
追加年月日
:
選定基準1
:
(二)伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持しているもの
選定基準2
:
選定基準3
:
所在地
:
福島県喜多方市
喜多方市小田付
解説文:
詳細解説
喜多方市小田付は、蔵の町として知られる喜多方市の中心市街地を成す。天正10年(1582)に町割が行われて近村から市が移され、近世には酒や味噌・醤油の醸造等も盛んになって、会津北方の交易の中心として発展してきた。近世の地割の上に店蔵など多様な土蔵が並ぶ町並みが、在郷町・醸造町としての特徴的な歴史的風致を良く伝える伝統的建造物群保存地区。
関連情報
(情報の有無)
添付ファイル
なし
写真一覧
喜多方市小田付
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喜多方市小田付
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解説文
喜多方市小田付は、蔵の町として知られる喜多方市の中心市街地を成す。天正10年(1582)に町割が行われて近村から市が移され、近世には酒や味噌・醤油の醸造等も盛んになって、会津北方の交易の中心として発展してきた。近世の地割の上に店蔵など多様な土蔵が並ぶ町並みが、在郷町・醸造町としての特徴的な歴史的風致を良く伝える伝統的建造物群保存地区。
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詳細解説
喜多方市は、福島県の会津地方北部に市域を置く。小田付は、市域中央部を南流する田付川の東岸における微高地に位置し、西岸の小荒井と共に、市の中心市街地を成す。 現在の小田付は、天正10年(1582)に蘆名氏重臣の佐瀬種常が町割を行い、近村から定期市を移したことに始まる。会津では、天正18年(1590)から約100年間、半石半永による徴税が行われたため、領主は農村部の商品流通を促すために主要郷村に定期市の開催を許可し、これを統制した。小田付村でも市が賑わい、豊富な伏流水を背景に酒・味噌・醤油の醸造が早くから行われた。やがて、富裕商人による常設的な商売や近在農民による市場外の直商いが増えると、定期市は衰退し、近世中期から後期にかけて店が並ぶ町並が形成・拡大し、小田付村は在郷町としての性格を強めた。明治元年(1868)の戊辰戦争で大きな被害を受けたが、それ以前の地割を引き継ぎ復興し、明治中期以降は会津三方道路や鉄道の開通により販路を広げ、今日まで会津の要地を成してきた。 喜多方市小田付伝統的建造物群保存地区は、近世に在郷町として発達した南北約900メートル、東西約500メートル、面積約15.5ヘクタールの範囲である。佐牟乃神社から南に延びる表通りの両側に短冊状の敷地を並べ、この両側町の各街区中央には中堀と呼ばれる水路が南北に通る。このような地割は、明治4年頃の「岩代国耶麻郡小田付村絵図」(喜多方市蔵)に描かれる状況を良く引き継ぐ。 敷地には、表通りに面して店、その奥に主屋や蔵座敷を配し、中堀より後に附属屋や業務施設を建てる。店は、切妻造、平入を基本とし、正面に下屋を設ける。土蔵造の店は店蔵と呼ばれ、店蔵、蔵座敷、家財蔵、穀蔵、醸造蔵等、用途や規模が異なる多様な土蔵造の建物が群として残ることが、当地の特徴の一つである。 喜多方市小田付伝統的建造物群保存地区は、天正年間の町割に始まり、定期市により会津北方の交易の中心として近世に発展を遂げた在郷町である。酒・味噌・醤油の醸造業も盛んになり、近代以降も会津の要地としての地位を保ちながら、近世末期の地割の上に店蔵など多様な土蔵が並ぶ特徴的な歴史的風致を良く伝える。