国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
銅造如来立像
ふりがな
:
どうぞうにょらいりゅうぞう
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員数
:
1躯
種別
:
彫刻
国
:
朝鮮
時代
:
新羅統一
年代
:
西暦
:
作者
:
寸法・重量
:
品質・形状
:
ト書
:
画賛・奥書・銘文等
:
伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
3573
枝番
:
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2010.06.29(平成22.06.29)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
奈良県
所在地
:
奈良県奈良市登大路50
保管施設の名称
:
奈良国立博物館
所有者名
:
光明寺
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
詳細解説
西吉野の山深い寺院に伝えられた金銅仏。抑揚がありかつ的確な体軀の構成、力強く自然な衣文のさばきなど、優れた造形をみせる。背面に中型を固定するハバキを設けることや、右袖を別製し取付ける(亡失)技法に統一新羅仏の特徴がうかがえる。
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
一つ書
なし
添付ファイル
なし
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解説文
西吉野の山深い寺院に伝えられた金銅仏。抑揚がありかつ的確な体軀の構成、力強く自然な衣文のさばきなど、優れた造形をみせる。背面に中型を固定するハバキを設けることや、右袖を別製し取付ける(亡失)技法に統一新羅仏の特徴がうかがえる。
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詳細解説
両手を屈臂し左手垂下、右手を挙げて蓮華座上に立つ如来立像で、裙【くん】を著し、内衣、衲衣を偏袒右肩【へんだんうけん】に著し、右肩に覆肩衣をあらわす。蝋型とみられる原型により、本躰頭頂から足枘まで一鋳の上全身に鍍金を施す金剛仏である。蛍光X線分析により、表面の鍍金は最大四マイクロメートルと鍍金としては厚く、地金の組成も銅の割合が九五%になり、銅の割合が非常に高いことが判明した。 後頭部や背中、腰後に楕円状ハバキ孔を設ける技法に統一新羅の金剛仏の特徴が明瞭であり、現状亡失しているが右前膊外側より垂下する覆肩衣を別鋳して取り付ける仕口も通途の技法である。また足枘底面を十字状に鏨【たがね】で切り込みをつくってかしめたり、腹部裏より像内に延ばした笄【こうがい】を背面より貫通させて光背用枘とし、先端を水平に鑿で切り込みを入れてかしめる技法は長崎・極楽寺銅造如来立像(重要文化財)と共通する。 作風の上からも眉や眼に刻線を加えて厳しさを際立たせ、両手の構えを大きくとる躰勢、腿が張った抑揚ある躰貌、うねりをつけた衣文のさま、衣縁にわずかな反りをうっている点などに新羅仏の特徴がよくあらわれている。既指定の統一新羅金剛仏は、前出の極楽寺像、海神神社銅造如来立像、黒瀬観音堂銅造如来坐像の三例があるが、本像は胸や大腿部などの肉付けが自然で、肉身の起伏に応じて衣文線に巧みに深浅をつけるところなど、既指定品と比較しても優れた出来栄えをみせている。 蓮華座も銅製鍍金で、反花先端に三弁形の飾りをあしらう華麗な台座形式は七世紀前半の中国に始まるものであるが、本像の反りが強く強調された形はより新羅の特徴を示している。 製作年代は既指定の三軀と同様、八世紀と考えられ、極楽寺像よりも遡るとみなされる。 本像は明治十九年(一八八六)作成の『光明寺什器帳』に記載があり、古来より当地に伝来していた可能性が高い。畿内に伝わる新羅仏は奈良・般若寺銅造薬師如来立像(重要文化財)にその可能性が指摘されるほかは遺品に恵まれず、既指定品はいずれも対馬伝来のものである。天平文化は統一新羅の影響を色濃く受けていることが明らかであり、天平彫刻を考えるうえでも新羅彫刻の影響について考慮が必要であろう。その意味で本像の存在はきわめて貴重である。 原型の出来栄えの良さに鋳上がりの良さ、保存状態の良好さとすべての点で、本像はわが国に伝わる代表的な統一新羅金剛仏といえよう。