国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
嶋井家文書(七百八十一通)
ふりがな
:
しまいけもんじょ(ななひゃくはちじゅういっつう)
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員数
:
11巻、36冊、1帖、6幅、670通、5綴
種別
:
古文書
国
:
日本
時代
:
室町~江戸時代
年代
:
16~19世紀
西暦
:
作者
:
寸法・重量
:
法量等省略
品質・形状
:
紙本墨書
ト書
:
画賛・奥書・銘文等
:
伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
737
枝番
:
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2023.06.27(令和5.06.27)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
福岡県
所在地
:
福岡県福岡市早良区百道浜3-1-1
保管施設の名称
:
福岡市博物館
所有者名
:
福岡市
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
詳細解説
嶋井家文書は、安土桃山時代に活躍した宗室(宗叱とも、?~一六一五)以降、江戸時代の商家・嶋井家に関する史料群である。室町時代後期、西国の大名が宗室に送った書状には、貿易や博多内での紛争等多岐にわたって記されており、博多における嶋井家の存在の大きさを物語っている。宗室は茶の湯を通じて、千利休ら堺の町衆等との交流も積極的に行った。
江戸時代、朱印船貿易が行われるようになると、信吉(徳左衛門)、正則(権平)は、貿易船への投資、「投銀」を行うようになった。本文書には、日本だけではなく、ポルトガル商人の「投銀」に関する古文書が含まれており、当時の貿易の実態を知ることができる。鎖国後も福岡藩御用取引や金融業を通じて、博多の経済に重きをなし、宗室以来の由緒によって由緒町人として別格の扱いを受けた。
嶋井家文書は、商家の史料がまとまって伝来する貴重な史料群である。特に宗室ら三代に関しては、我が国の歴史に関する重要な史料が豊富であり、学術的価値が高い。
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
一つ書
なし
添付ファイル
なし
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解説文
嶋井家文書は、安土桃山時代に活躍した宗室(宗叱とも、?~一六一五)以降、江戸時代の商家・嶋井家に関する史料群である。室町時代後期、西国の大名が宗室に送った書状には、貿易や博多内での紛争等多岐にわたって記されており、博多における嶋井家の存在の大きさを物語っている。宗室は茶の湯を通じて、千利休ら堺の町衆等との交流も積極的に行った。 江戸時代、朱印船貿易が行われるようになると、信吉(徳左衛門)、正則(権平)は、貿易船への投資、「投銀」を行うようになった。本文書には、日本だけではなく、ポルトガル商人の「投銀」に関する古文書が含まれており、当時の貿易の実態を知ることができる。鎖国後も福岡藩御用取引や金融業を通じて、博多の経済に重きをなし、宗室以来の由緒によって由緒町人として別格の扱いを受けた。 嶋井家文書は、商家の史料がまとまって伝来する貴重な史料群である。特に宗室ら三代に関しては、我が国の歴史に関する重要な史料が豊富であり、学術的価値が高い。
詳細解説▶
詳細解説
嶋井家文書は、安土桃山時代に活躍した宗室(宗叱とも、?~一六一五)以降江戸時代の商家・嶋井家に関する史料群である。 室町時代後期、博多を支配していた大友宗麟やその家臣が宗室に送った書状には、茶の湯、貿易、博多内での紛争について等多岐にわたって記されており、大友氏支配下の博多における嶋井家の存在の大きさを物語っている。茶人でもあった宗室は、肩衝型の茶入としては当時「天下三名物」の一つとされていた「楢柴」を所持していたが、名物調達を可能にしたのは、貿易に深く関与していたからであった。 宗室は茶の湯を通じて、大友氏だけでなく、中国・九州地方をはじめとする大名や、千利休ら堺の町衆との交流を積極的に行った。千利休の書状からは、利休や秀吉との交流を具体的に知ることができる。また、秀吉の朝鮮出兵計画が浮上した際には、宗義智が宗室に起請文を差し出しており、義智の宗室に対する絶大な信頼を読み取ることができる。 江戸時代、朱印船貿易が行われるようになると、宗室の子信吉(徳左衛門)、孫正則(権平)は、貿易船に嶋井家が貸付を行い、帰還の際は利息と元金を返済させる「投銀」を行うようになった。投銀は日本の商人だけではなく、ポルトガル商人に対しても行われていた。これらの証文は当時の貿易の実態を知ることができる貴重な史料である。 しかし、鎖国政策によって嶋井家は貿易に関与できなくなり、宝永七年(一七一〇)には「追々逼迫に及び渡世仕り難」きほどの事態に陥ったこともあったが、藩領内の綿・米取引、御用金取扱等の金融業を通じて、博多の経済に重きをなすようになった。また、宗室以来の由緒によって、神屋氏、大賀氏と共に、由緒町人として別格の扱いを受け、年行司も務めた。 このように、嶋井家文書は、安土桃山時代から江戸時代末期までの史料がまとまって伝来する商家の史料群であり、他に類例を見ないものである。特に宗室、信吉、正則の三代に関しては、我が国の政治史、文化史、経済史、対外交流史に関する重要な史料が豊富であり、学術的価値が高い。