国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
元版大般若経
ふりがな
:
げんぱんだいはんにゃきょう
巻第一 巻末 印成刊記と奥書(宗貞茂ほか)
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員数
:
429帖
種別
:
書跡・典籍
国
:
中国
時代
:
元
年代
:
西暦
:
作者
:
寸法・重量
:
(各)縦30.0㎝前後 横11.0㎝前後
品質・形状
:
紙本墨書
ト書
:
画賛・奥書・銘文等
:
伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
2618
枝番
:
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2025.09.26(令和7.09.26)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
長崎県
所在地
:
保管施設の名称
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
巻第一 巻末 印成刊記と奥書(宗貞茂ほか)
解説文:
詳細解説
本経巻は、元代はじめに刊行された普寧寺版大般若経である。対馬西福寺に伝来し、全600帖中、429帖が現存する。
もとは高麗で勧進僧の行淳らが浄財を募り、泰定3年(1326)に元の普寧寺に注文し、印刷されたものである。対馬島主であった宗貞茂(?~1418)が朝鮮から輸入して西福寺に安置し、貞茂の子・貞盛(?~1452)によって、同版の普寧寺版で欠巻が補われたと考えられている。附の経箱は、元禄13年(1700)に地元の篤信者から寄進されたもので、墨書からは江戸時代の上対馬地域において本経巻が篤く信仰され、大切に管理されてきたことがわかる。
元版大般若経の大部がまとまって伝存し、中国から朝鮮、日本(対馬)への将来と対馬宗氏による島内寺院への施入までの伝来過程や、その後の地域社会における本経巻への信仰について知られることは重要である。東アジアの印刷史や文化交流史上に学術的価値が高く、我が国の仏教史においても高い価値を有する。
関連情報
(情報の有無)
附指定
一つ書
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
巻第一 巻末 印成刊記と奥書(宗貞茂ほか)
巻第四十一~五十 表紙と巻首
巻第一百七十 巻末 奥書(宗貞晟(盛)ほか)
附 経箱
附 経箱中敷板墨書
写真一覧
巻第一 巻末 印成刊記と奥書(宗貞茂ほか)
写真一覧
巻第四十一~五十 表紙と巻首
写真一覧
巻第一百七十 巻末 奥書(宗貞晟(盛)ほか)
写真一覧
附 経箱
写真一覧
附 経箱中敷板墨書
解説文
本経巻は、元代はじめに刊行された普寧寺版大般若経である。対馬西福寺に伝来し、全600帖中、429帖が現存する。 もとは高麗で勧進僧の行淳らが浄財を募り、泰定3年(1326)に元の普寧寺に注文し、印刷されたものである。対馬島主であった宗貞茂(?~1418)が朝鮮から輸入して西福寺に安置し、貞茂の子・貞盛(?~1452)によって、同版の普寧寺版で欠巻が補われたと考えられている。附の経箱は、元禄13年(1700)に地元の篤信者から寄進されたもので、墨書からは江戸時代の上対馬地域において本経巻が篤く信仰され、大切に管理されてきたことがわかる。 元版大般若経の大部がまとまって伝存し、中国から朝鮮、日本(対馬)への将来と対馬宗氏による島内寺院への施入までの伝来過程や、その後の地域社会における本経巻への信仰について知られることは重要である。東アジアの印刷史や文化交流史上に学術的価値が高く、我が国の仏教史においても高い価値を有する。
詳細解説▶
詳細解説
本経巻は、日本と中国大陸・朝鮮半島の結節点にあたる対馬の西福寺に伝来した中国・元時代の普寧寺版大般若経であり、全600帖中429帖が現存する。 普寧寺版は、元軍の兵火により中国湖州の思渓版一切経の板木が焼失した後、元代に杭州の仏教系新興勢力であった白雲宗総本山普寧寺により至元14年(1277)に開板事業が開始され、同27年(1290)まで一四年かかって完成した大蔵経(一切経)である。宋・元代の経典は、本文の校訂が厳密でテキストとして優秀であったため、近隣諸国、とくに日本や朝鮮に競って輸入され、東アジアの仏教文化に多大な影響を与えた。 本経巻には、各千字文函号一巻目の巻末に印成刊記が付され、高麗の勧進僧らが浄財を募り、泰定3年(1326)に元の普寧寺に注文し、印刷されたものであることが知られる。 同じく巻末には、対馬島主であった宗貞茂(?~1418)と子・貞盛(?~1452)の墨書を有するものが各5帖ある。この墨書からは、貞茂と勧進僧等により西福寺に安置されたことが判明し、さらに貞盛によって欠巻が補入されたと考えられている。すなわち、宗氏により朝鮮からもたらされ、15世紀半ば頃までに西福寺に施入、全600帖が整えられたと推定される。 本経巻は、すべてが折本装で、本紙料紙には茶染の竹紙が用いられ、刷りも全体的に良好である。現状では損傷のある経巻もままみられるが、本紙が欠失している経巻は四帖のみである。このうち巻第三百四十一は、巻頭から五紙分が欠失し、後補の4紙は墨書きで補写されており、その字姿や料紙から補写は朝鮮で行われたと考えられ、本経巻の伝来が裏付けられる。 附の経箱6合は、すべて同型の実用的な透漆塗杉被蓋箱で、蓋裏に墨書があり、元禄13年(1700)三月に上対馬の村々の篤信家らが本経箱を寄附したことを記している。さらに第4箱の中敷板には、宝暦7年(1757)3月に西福寺住職が記した本経巻の修理銘があり、本経巻が転読等で使用されていたことや経典管理についても具体的に記されている。 本経巻は、現存の少ない元版大般若経の大部がまとまって伝存しており、中国・朝鮮から我が国への将来、対馬宗氏による島内寺院への施入までの伝来過程を明らかにできる。また、地域社会における本経巻への篤い信仰、利用や管理等についても知られることは重要である。東アジアの印刷史や文化交流史上においてきわめて貴重で学術的価値が高く、我が国の仏教史においても高い価値を有する。
関連情報
附指定
経箱
関連情報
附指定
附名称
:
経箱
附員数
:
6合
附ト書
: