国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
重要有形民俗文化財
主情報
名称
:
能登内浦のドブネ
ふりがな
:
のとうちうらのどぶね
能登内浦のドブネ
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員数
:
3隻、附41点
種別
:
交通・運輸・通信に用いられるもの
年代
:
その他参考となるべき事項
:
内訳:ドブネ3隻 附船具等41点
※この船を製作する工程は、昭和29年11月に「ドブネの製作工程」として記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択されている。
指定番号
:
00205
指定年月日
:
1998.12.16(平成10.12.16)
追加年月日
:
指定基準1
:
(二)生産、生業に用いられるもの 例えば、農具、漁猟具、工匠用具、紡織用具、作業場等
指定基準2
:
(三)地域的特色を示すもの
指定基準3
:
所在都道府県
:
石川県
所在地
:
鳳珠郡能登町
保管施設の名称
:
所有者名
:
能登町
管理団体・管理責任者名
:
能登内浦のドブネ
解説文:
詳細解説
我が国の木造和船は、構造や造り方などから大木を刳って造る刳舟系統のものと、板材を合わせて造る大板構造のものとに分けられる。刳舟系統のうち、刳舟の技法を残しながら大板構造の船へと変遷する過程を示すものにオモキ造りと呼ばれる技法で造られた舟があり、和船発達史上重要な資料である。
能登内浦地方では、このオモキ造りで造られた大小各種のドブネが使用されてきた。この資料は、能都町の波並大敷組合が鰤の大敷網漁に使用した3隻のドブネと、それに付属する船具などの資料一式である。いずれのドブネもこの地域の造船所で造られ、平成9年まで鰤の大敷網漁で使用されていたものである。
関連情報
(情報の有無)
附
なし
添付ファイル
なし
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能登内浦のドブネ
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能登内浦のドブネ
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解説文
我が国の木造和船は、構造や造り方などから大木を刳って造る刳舟系統のものと、板材を合わせて造る大板構造のものとに分けられる。刳舟系統のうち、刳舟の技法を残しながら大板構造の船へと変遷する過程を示すものにオモキ造りと呼ばれる技法で造られた舟があり、和船発達史上重要な資料である。 能登内浦地方では、このオモキ造りで造られた大小各種のドブネが使用されてきた。この資料は、能都町の波並大敷組合が鰤の大敷網漁に使用した3隻のドブネと、それに付属する船具などの資料一式である。いずれのドブネもこの地域の造船所で造られ、平成9年まで鰤の大敷網漁で使用されていたものである。
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詳細解説
我が国在来の木造和船は、構造や造り方などから大木を刳って造る刳舟系統のものと、板材を合わせて造る大板構造のものとに分けられる。 刳舟系統の原初的な舟が一木製の丸木舟であり、その発展形態にオモキ造りと呼ばれる技法で造られた舟がある。この舟は船底と舷側との接合部分にオモキと呼ぶ刳材を使用し、舷側には挽いた大板を用いるものである。この形式の舟は、刳舟の技法を残しながら大板構造の船へと変遷する過程を示すものとして、和船発達史上重要な資料となっている。 なお、このオモキ造りと同様の技術で造られた舟が、秋田県能代市・岩手県北部以北の沿岸地域一帯で使用されており、この舟はムダマハギと呼ばれる技法で造られていた。オモキ造りが部材に着目した呼称であるのに対し、ムダマハギ造りは船底の構造全体を念頭においた呼称である。 オモキ造りの和船は、同寸の刳舟に比べて重量が格段に軽く、用材の損料もはるかに少ない。このためオモキ造りの舟は各地に広く分布し、多様な船形が生みだされた。なかでも能登内浦地方は、オモキ造りで造られた大小各種のドブネが使用された地域である。 この地域のドブネは、造船技術上、手斧で刳ったオモキ材を用い、木材の固定にチギリとタタラを多用し、鉄釘の使用が極端に少なく、船首は水押材を使わず板を合掌形にして造る、などの共通点をもっている。また、船形の特徴として船首部に鼻輪用の独特の穴があき、船首側にバンという船体固定のための板が付く。操船上では舵のない舟が多く、櫓や櫂を主体として副次的に棹が使われ帆装をほとんどもたないという特色をもっている。 この資料は、能都町に現存するドブネで、いずれもこれら三つの共通点を有したうえで、大きな径の長木を使用し、補強用に大量の船釘を追加して、耐久性と積載性能を高め大型化している。この資料は、能都町の波並大敷組合が鰤の大敷網漁に使用した3隻のドブネと、それに付属する船具などの資料一式である。 それぞれの舟の大きさは、シキの長さ12・7㍍(42・1尺)、胴幅2・6㍍(8・5尺)、深さ67㎝(2・3尺)のもの、シキの長さ13・4㍍(44・3尺)、胴幅2・1㍍(7・0尺)、深さ60㎝(2・0尺)のもの、シキの長さ13・5㍍(44・5尺)、胴幅2・1㍍(6・8尺)、深さ60㎝(2・0尺)のものの3隻で、これまでに指定されているオモキ造りの舟に比べて、いずれも大型のものである。 能都町でも大正時代までは長さ10㍍ほどのものが一般的であったが、昭和10年頃から巨大な大謀網が普及したことに伴い、ドブネも大型化したという。 このうち、シキ長12・7㍍の舟を例に構造をみると、舟のシキは5枚の杉材の板を組んで造っている。シキの板厚は平均18㎝(6寸)、長さは最長で10㍍余。船首部分の船底はザネリコといい、シキとは別に5枚の板を組んで三角形に造る。艫の部分をトダテといい、スギの板5枚を縦に並べて組んで斜めに付ける。舷側の板は下からオモキ・ナカバタ・ウワバタの3枚で構成され、オモキ・ナカバタはスギ材、ウワバタはアテ材を用いる。オモキの板厚は平均18㎝(6寸)で、長さは12㍍。ナカバタ・ウワバタの板厚は平均15㎝(5寸)で、長さはナカバタが11㍍、ウワバタが12㍍余である。この舟に限らず3隻のドブネのシキ・オモキ・ナカバタ・ウワバタはすべて一木の長木製である。舳先の側板は下からネロクマイ・マガリロクマイ・ウワロクマイと3枚の板を組み合わせる。この板は自然に湾曲したスギの曲がり材で造り、これを左右から合わせてオガミとし、舳先にスレ防護板を立てる。 それぞれの板材は、アテ材で作ったタタラとチギリを使って固定する。タタラは板の木口に埋め込む小板で、チギリは板の上から打ち込んで接合部を固定する鼓形の小板である。使用されているチギリの数は750個余、タタラはその半数ほどで、ほかに和釘の通し釘300本弱を用いており、大量のチギリとタタラ、船釘を使った構造となっている。 ドブネの補強には舳先にザネリコの部分全体を覆うようにバンを被せる。フナバリはアテ材を使用し、シキの前後とドウナカの3か所に入れる。このドブネは、昭和16年から17年に地元の造船所で造られたもので、残りの2隻も昭和39年と41年に同じ造船所で造られ、平成9年まで鰤の大敷網漁の網の布設用ドブネとして使用されていた。