国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
重要無形民俗文化財
主情報
名称
:
邑町のサイノカミ
ふりがな
:
むらまちのさいのかみ
邑町のサイノカミ
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種別1
:
風俗慣習
種別2
:
年中行事
その他参考となるべき事項
:
公開日:毎年1月15日が日曜日にあたる場合は15日、それ以外の場合は1月15日の直前の日曜日(※指定当時・お出掛けの際は該当する市町村教育委員会などへご確認ください)
指定証書番号
:
指定年月日
:
2010.03.12(平成22.03.12)
追加年月日
:
指定基準1
:
(一)由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの
指定基準2
:
指定基準3
:
所在都道府県、地域
:
富山県
所在地
:
保護団体名
:
塞の神まつり保存会
邑町のサイノカミ
解説文:
詳細解説
邑町のサイノカミは、厄払いや無病息災、五穀豊穣などを祈願する小正月の火祭りである。早朝より、子どもたちが、サイノカミの唄を歌いながら家々を訪問して正月飾りを集め、菓子などをもらう。このとき最年長の子どもがデクという男女一対の木製の人形をもつ。子どもたちが各家を回る間、地区の境では竹と藁で円錐形の作り物が作られる。子どもたちが回り終えると、デクを正月飾りとともに作り物の中に納めて火をつける。デクが完全に灰になるまで燃やして行事は終了する。(※解説は指定当時のものをもとにしています)
関連情報
(情報の有無)
添付ファイル
なし
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邑町のサイノカミ
邑町のサイノカミ
邑町のサイノカミ
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邑町のサイノカミ
解説文
邑町のサイノカミは、厄払いや無病息災、五穀豊穣などを祈願する小正月の火祭りである。早朝より、子どもたちが、サイノカミの唄を歌いながら家々を訪問して正月飾りを集め、菓子などをもらう。このとき最年長の子どもがデクという男女一対の木製の人形をもつ。子どもたちが各家を回る間、地区の境では竹と藁で円錐形の作り物が作られる。子どもたちが回り終えると、デクを正月飾りとともに作り物の中に納めて火をつける。デクが完全に灰になるまで燃やして行事は終了する。(※解説は指定当時のものをもとにしています)
詳細解説▶
詳細解説
邑町のサイノカミは、富山県東部に位置する下新川郡入善町上野の邑町地区で行われている、厄払いや無病息災、五穀豊穣、家内安全を祈願する小正月の火祭りの行事である。 平成12年までは1月15日に行われていたが、現在は1月15日が日曜日にあたる場合は15日に、それ以外の場合は1月15日の直前の日曜日に行われている。 この行事の起源については諸説あり、江戸時代にコレラが流行した際、邑町地区を流れる町川に上流から木製の人形が流れ着いたので同じものを毎年作って燃やすようになった、あるいは上流の地区で疫病除けとして町川に流した人形が邑町地区に流れ着いたので同じものを毎年作って燃やすようになったなどといわれている。それによりコレラの流行は収まり、以来、周辺でコレラがたびたび流行しても邑町地区だけはその難を逃れてきたといわれている。 この行事は、7歳から12歳までの男の子たちが中心となって執り行う。当日早朝、子どもたちが地区内にある邑町公民館に参集してから、地区内の家々を一軒一軒訪問して正月飾りなどを集めてまわる。このとき先頭に立つのは、オヤカタ(親方)と呼ばれる最年長の子どもで、デクあるいはデクノボー、デクサマなどと呼ばれる男女一対の人形を手に持ち、他の子どもたちはオヤカタの後に続く。 デクは、前日に地区内の大工が製作して神棚に供えた後、邑町公民館に届けておいたものである。一寸角のハンノキで、男は長さ9寸、女は長さ8寸5分と決まっており、墨で顔が描かれ、胴にはそれぞれ「男神」「女神」と書かれている。 子どもたちは訪問先の家の玄関にくると横一列に並ぶ。そしてオヤカタがデクを拍子木のようにして2回打つと、玄関の戸を開けて中に入って全員で、「さいの神じゃ 大神じゃ じいにも かあにも ぼくぼくじゃ 来年もうきゃ 十三じゃ 女房生んだら 勝負した 男産んだら そーそ 育て」とサイノカミの唄を歌う。 サイノカミの唄が聞こえると、家人は玄関にでてくる。そして、唄が終わると正月飾りや書初めを子どもたちに手渡す。続いて、祝儀や菓子、餅、みかん、生米などを渡し、子どもたちはこれらをツツミと呼ばれる木綿製の袋に入れる。祝儀は、オヤカタの次に年齢が高い子どもが受け取ることとなっている。 家人がだす祝儀が少ない場合、オヤカタはデクを家の中に投げ込んでもよいとされており、もしデクが投げ込まれると、その家には災難が舞い込んでくるといわれている。新婚の家や新築の家、一年以内に子どもが生まれた家などは、特に祝儀をはずまないとデクが投げ込まれるともいわれる。 なお、一年以内に不幸のあった家には子どもたちはまわらないこととなっており、その家の子どももサイノカミには参加できない。また、現在は邑町地区の戸数が多くなったため、2班に分かれて、一方の班はデクを持ち、もう一方の班はデクの代わりに拍子木を持って家々をまわっている。 こうして子どもたちが地区内の家々をまわっている間、大人たちは、地区の東境付近の田に高さ4㍍ほどの円錐形の作り物を作る。この作り物もサイノカミと呼ばれる。サイノカミが作られる場所は、蔵堀と呼ばれる場所で、かつては傍らに町川が流れており、上流からデクが流れ着いた場所とされている。現在は傍らに「塞の神」と刻まれた石碑が建立されている。 作り物は、長さ5㍍ほどのモウソウチクを5本ほど円錐状に組み、これに下から順に藁束をかけていき、最後に全体を藁縄で巻きつけるようにして固定したもので、石碑のある方向に向けて約1㍍四方の穴を開けておく。この穴の上部には正月の注連飾りの形のよいものを飾り、穴の中には藁を敷きつめておく。 やがて、子どもたちが家々をまわり終えて、作り物の場所まで来ると、デクを男女別々に藁つとに入れ、穴のなかに立てるようにして安置する。そして、デクに大豆、小豆、生米などを入れたおひねりを供え、正月飾りや書初め、藁などで穴を塞ぐ。 作り物のなかにデクを安置し終えると、子どもたちが作り物に火をつける。そして火が勢いよく燃え上がると、子どもたちは田の畔に横一列に並んでサイノカミの唄を歌う。サイノカミの唄の途中で竹の節が弾けると、サイノカミの唄を最初から歌いなおさなければならないとされ、子どもたちは竹の節が弾ける前に歌い終えようと早口で歌う。また、この竹の節の弾ける音が大きければ大きいほど災厄が払われるといわれたり、燃やした書初めが高く上がると、字が上手くなるともいわれている。 やがて火が下火になってくると、サイノカミの唄を止めて、燃え尽きた作り物の中を探り、デクの燃え具合を確認する。このとき、デクが燃え残っていると、作り物の燃え残りや新しい藁などを一箇所に集めて再びデクを燃やす。デクが完全に灰になったことを確認すると行事は終了となる。 この行事は、年頭にあたって大火を焚いて災厄を払う小正月の火祭りの行事の典型例の一つである。また、男女一対の人形が地区内をめぐり、最後に地区の境で正月飾りなどとともに完全に灰になるまで燃やされることで災厄が払われるとされ、それを年齢階梯的な子ども集団が中心となって執り行っている点で地域的特色も豊かな行事である。 この行事のように人形を正月飾りとともに燃やす行事は、サイノカミ、ドウロクジンなどと呼ばれ、中部地方を中心とした地域に濃密にみられることが知られている。いっぽうで富山県を含む北陸地方では、竹を円錐状に組んで正月飾りを燃やして無病息災や家内安全を祈願するサギチョウと呼ばれる行事が濃密にみられ、人形を正月飾りとともに燃やすサイノカミと呼ばれる行事は、本件が現在唯一の伝承例となっている。 (※解説は指定当時のものをもとにしています)