国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財
主情報
名称
:
似鳥のサイトギ
ふりがな
:
にたどりのサイトギ
似鳥のサイトギ
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種別1
:
風俗慣習
種別2
:
祭礼(信仰)
その他参考となるべき事項
:
公開日:毎年旧暦1月6日(※選択当時・お出掛けの際は該当する市町村教育委員会などにご確認ください)
選択番号
:
選択年月日
:
2010.03.11(平成22.03.11)
追加年月日
:
選択基準1
:
(一)由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの
選択基準2
:
選択基準3
:
所在都道府県、地域
:
岩手県
所在地
:
保護団体名
:
似鳥八幡神社氏子総代会
似鳥のサイトギ
解説文:
詳細解説
似鳥のサイトギは、二戸市似鳥字林ノ下に鎮座する似鳥八幡神社で、毎年旧暦1月6日の春の例大祭に合わせて行われる、その年の作柄と天候を占う年占行事である。本殿に供えられたオコモリの状況、サイトギの木から舞い上がる火の粉の流れ具合により、その年の天候や作柄を占う。(※解説は選択当時のものをもとにしています)
関連情報
(情報の有無)
添付ファイル
なし
写真一覧
似鳥のサイトギ
似鳥のサイトギ
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似鳥のサイトギ
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似鳥のサイトギ
解説文
似鳥のサイトギは、二戸市似鳥字林ノ下に鎮座する似鳥八幡神社で、毎年旧暦1月6日の春の例大祭に合わせて行われる、その年の作柄と天候を占う年占行事である。本殿に供えられたオコモリの状況、サイトギの木から舞い上がる火の粉の流れ具合により、その年の天候や作柄を占う。(※解説は選択当時のものをもとにしています)
詳細解説▶
詳細解説
似鳥のサイトギは、二戸市似鳥字林ノ下に鎮座する似鳥八幡神社で、毎年旧暦1月6日の春の例大祭に合わせて行われる、その年の作柄と天候を占う年占行事である。 行事の準備は、6日前の旧暦12月30日から始まる。氏子総代が、炊いた飯を木型に入れて作った、高さ約20㎝の剣状の作り物5本を、三方に盛りつけて一晩かけて屋外で凍らせる。この作り物はオコモリと呼ばれ、旧暦1月1日早朝に本殿に供えられる。 また、行事当日までの適当な日に氏子が境内に長さ約180㎝の雑木を井桁状に2㍍ほどの高さに積み上げる。この作り物は、サイトギの木などと呼ばれる。 行事当日の夕方、拝殿に氏子総代が参集して神職による祈祷が行われる。次いで直会となり拝殿で飲食し、この間に神職や氏子総代が適宜各自でオコモリの状況を見分する。このとき、オコモリが崩れていたり、オコモリにハエなどの虫がついているとその年は不作になるといわれ、硬く凍ったまま崩れずにあるとその年は豊作になるといわれる。 直会が終了すると、拝殿では権現舞が演じられるが、その間に氏子総代によってサイトギの木に火がつけられ、その周囲にテコと呼ばれる長さ約2㍍、直径約10㎝の雑木が放射状に並べられる。 権現舞が終わると、10人ほどの若者たちが拝殿にやってきて神職のお祓いを受ける。若者たちは、その後社務所に移動し、白の褌をつけ、白の晒しを腰に巻き、白足袋に草鞋を履く。そして、社務所脇に置かれた盥に入れられた水で一人一人水垢離をとる。左肩、右肩、左肩と3度水をかぶる。 水垢離を終えると、若者たちは、白鉢巻をして、晒しの上にコシミノと称する注連縄を巻き、口に唐辛子を挟んだ白紙をくわえ、手には幣束をもつ。そして、振り鈴を鳴らす氏子総代を先頭にして、2列になって拝殿に向かう。拝殿に着くと、お百度参りと称して2人ずつ順に3度参拝する。 次に祠巡りと称して、境内に祀られている観音堂や稲荷神社など24あまりの小祠を1つ1つ参拝し、再び拝殿に戻ってくると入口の柱に幣束と白紙を注連縄で結びつける。この水垢離から祠巡りまでを裸参りという。 若者たちは、裸参りを終えると、激しく燃え盛るサイトギの木の周囲に移動し、各自が1本ずつテコを手にする。やがて、氏子総代による法螺貝と太鼓の音を合図にして、テコをサイトギの木に突っ込んで激しく上下に動かす。法螺貝と太鼓が止むと、テコを抜いてサイトギの木を上から思い切り叩いて止める。この間、サイトギの木から大量の火の粉が夜空に舞い上がるが、その火の粉が南風が吹いて北に流れていくと、その年の夏は逆方向の風、つまりこの地域に冷害をもたらすヤマセが吹くため不作になるとされ、逆に北風によって南に火の粉が流れていくと、その年の夏は逆方向の風、つまり南風が吹くため暖かくなって豊作となるという。また、火の粉が上に舞い上がらずに地面を這った場合は稲の倒伏があり、サイトギの木の燃えが悪いとその年は雨が多くなるともいわれる。 テコで火の粉を舞い上がらせる行為は、3度行われ、それぞれが早稲、中稲、晩稲に対応する。その後、拝殿の前では、神職が、オコモリの状況とサイトギの木の火の粉の飛び具合を総合してその年の作柄と天候を判断して氏子に伝える。また、若者たちは草鞋の鼻緒を切って拝殿の柱に結びつけ、拝殿内で飲食して行事が終了する。 (※解説は選択当時のものをもとにしています)