国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財
主情報
名称
:
久礼八幡宮の御神穀祭
ふりがな
:
くれはちまんぐうのおみこくさん
久礼八幡宮の御神穀祭
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種別1
:
風俗慣習
種別2
:
祭礼(信仰)
その他参考となるべき事項
:
公開日:毎年旧暦7月30日~8月16日(※選択当時・お出掛けの際は該当する市町村教育委員会などにご確認ください))
選択番号
:
選択年月日
:
2018.03.08(平成30.03.08)
追加年月日
:
選択基準1
:
(一)由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの
選択基準2
:
選択基準3
:
所在都道府県、地域
:
高知県
所在地
:
保護団体名
:
久礼八幡宮氏子会
久礼八幡宮の御神穀祭
解説文:
詳細解説
本件は,中土佐町久礼に鎮座する久礼八幡宮の秋の例大祭で行われる行事で,ホウドウ(奉堂)と呼ぶ依代的な標をトウヤの庭先等に掲げ,掲げている期間中に各種の行事を行って地域の安全や豊穣を祈願するものである。
行事は,旧暦7月30日の神社での御籠祭から始まり,8月1日の奉堂立祭において,トウヤの庭先等にホウドウを高々と掲げる。この日から13日まで氏子域の各集落から神社に供物が捧げられる。12日には次年のトウヤを確認する御帳開,13日にはトウヤが用意した御神穀をホウドウに供える神穀迎も行われる。14日深夜,トウヤ宅から大松明と御神穀が出発し,明け方,神社に奉納される。神社に着いた大松明の明かりの中で,醸造された一夜酒も奉納される。最後に,大松明が境内で破却される。14日午後には境内で田植婆さんと呼ばれる女性3人による田植式も行われる。15日は,御神幸と称して,神輿が神社から浜辺の御旅所に渡御し,これに竹練り,獅子舞等が供奉し,夕方には神輿が還御する。16日の奉堂休祭でホウドウが倒され,行事は終了する。
(※解説は選択当時のものをもとにしています)
関連情報
(情報の有無)
添付ファイル
なし
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久礼八幡宮の御神穀祭
久礼八幡宮の御神穀祭
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久礼八幡宮の御神穀祭
解説文
本件は,中土佐町久礼に鎮座する久礼八幡宮の秋の例大祭で行われる行事で,ホウドウ(奉堂)と呼ぶ依代的な標をトウヤの庭先等に掲げ,掲げている期間中に各種の行事を行って地域の安全や豊穣を祈願するものである。 行事は,旧暦7月30日の神社での御籠祭から始まり,8月1日の奉堂立祭において,トウヤの庭先等にホウドウを高々と掲げる。この日から13日まで氏子域の各集落から神社に供物が捧げられる。12日には次年のトウヤを確認する御帳開,13日にはトウヤが用意した御神穀をホウドウに供える神穀迎も行われる。14日深夜,トウヤ宅から大松明と御神穀が出発し,明け方,神社に奉納される。神社に着いた大松明の明かりの中で,醸造された一夜酒も奉納される。最後に,大松明が境内で破却される。14日午後には境内で田植婆さんと呼ばれる女性3人による田植式も行われる。15日は,御神幸と称して,神輿が神社から浜辺の御旅所に渡御し,これに竹練り,獅子舞等が供奉し,夕方には神輿が還御する。16日の奉堂休祭でホウドウが倒され,行事は終了する。 (※解説は選択当時のものをもとにしています)
詳細解説▶
詳細解説
久礼八幡宮の御神穀祭は、高知県高岡郡中土佐町久礼に鎮座する久礼八幡宮の秋の例大祭で行われる行事で、トウヤがホウドウ(奉堂)と呼ぶ依代的な標を立て、立てている期間中に御神穀や大松明の奉納、一夜酒の醸造、田植式などの各種行事を行って地域の安全や豊穣などを祈願するものである。 中土佐町は、高知県中西部、土佐湾に面した町で、その東部にある久礼は、海側の浦分が鰹の一本釣りの基地として発展し、山側の郷分が稲作などの農業に従事してきた。 久礼八幡宮は、応神天皇など六神を祭神とする神社で、久礼の中心部に鎮座し、太平洋を正面に臨む。創建年代は詳らかでないが、中世久礼の領主であった佐竹氏が勧請したといわれているほか、正面の浜に祭神が流れ着いたとも伝えられる。 行事は旧暦7月30日の御籠祭から8月16日の奉堂休祭までの17日間行われる。御籠祭は、神社で神職の祈祷、佾の舞、カットウジによるヤスラ膳の振舞いなどがある。佾は舞を奉納する3人の巫女で、カットウジは参詣者にヤスラ膳を振る舞う3人の男性である。ヤスラ膳は、細かく刻んだ茄子と神酒を杉板に載せた膳である。 8月1日は奉堂立祭で、トウヤの庭先などに奉堂を立てる。トウヤは、山中などに奉堂地という聖地を有する家で、郷分に多く、集落の草分けとも伝えられる。18軒あって1年に1軒ずつトウヤを務める。このトウヤと周辺の家々をまとめた単位がトウヤ組で、奉堂はトウヤ組が立てる。奉堂は、長さ約15mの真竹の先端に藁束をつけて榊や御幣を刺したもので、足元に祭壇を設けて蝋燭や神酒などを供える。これを奉堂様という。次いで神職とトウニンが奉堂地に行って祈祷した後、奉堂様の前でも神職の祈祷などがあって供物が振舞われる。トウニンは、トウヤ組から選ばれた男性で、トウヤの代理として各行事に参加する。 2日から13日までの間、氏子集落から神社へ供物が適宜あり、その都度、神職の祈祷、佾の舞、ヤスラ膳の振舞いが行われ、これを神楽と総称する。また7日は各家で忌竹を立て注連縄を張る忌竹立て、11日は神社本殿の扉を開ける御開扉、12日は佐竹氏の子孫が参拝する久礼佐竹公参拝、次年のトウヤを確認する御帳開、13日はトウヤの用意した御神穀を奉堂様に供える神穀迎がある。御神穀は、小餅160個を船形の蒲スボに入れたもの、鏡餅一重ね、飯一升を入れて御幣をたてた飯櫃で、飯櫃の上には麹一升を入れた包みも乗せる。 14日午前0時を過ぎると、奉堂様から御神穀や大松明が出発して神社に向かう。御神穀はトウヤ組から選ばれた御神穀担いの男性が天秤棒で担ぐ。御神穀担いは、榊をくわえて神社到着まで無言を通し、担ぐ肩も変えてはならないとされる。大松明は、孟宗竹3本を芯にして割竹や松材とともに束ねたもので、径80㎝前後、長さ6m近くにもなる。御神穀を導く明かりで、邪気を祓う火でもあるとされ、長さ3mほどの棒2本を直角に渡して40人ほどが交代で担ぐ。一行には神職のほか、大太鼓、小松明、大榊をもった露払い、大きな御幣をもった御幣持ちなども従い、神社に近づくと前年のトウヤ組も小松明を手に加わる。 卯の刻になると神穀入殿として御神穀担いが駆け足で社殿に入り御神穀を供える。次いで1人の男性が大松明とともに境外にでて水を汲んでくる。佾はこの水を受け取り、御神穀の飯と麹に加えて一夜酒を醸して神前に供える。また大松明は境内に投げ出され、熾き拾いと称して氏子や参詣者が燃え枝を奪い合う。燃え枝は魔除けになるとされる。 午後は境内で田植式がある。田植婆さんという女性3人が太鼓と田植歌に合わせて手にした割竹を植える所作をする。カットウジも代掻きの所作として手にした太い青竹で地面を突く。 15日は、御神幸と称して神輿が浜辺の御旅所に渡御し、浦分の出す竹練り、獅子舞などが従う。 16日は、奉堂休祭で、奉堂様の前での神職の祈祷、佾の舞の後、奉堂を倒して行事は終了する。 (※解説は選択当時のものをもとにしています)