国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財
主情報
名称
:
北勢・熊野の鯨船行事
ふりがな
:
ほくせい・くまののくじらぶねぎょうじ
北勢・熊野の鯨船行事
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種別1
:
風俗慣習
種別2
:
祭礼(信仰)
その他参考となるべき事項
:
公開日:毎年8月14日・15日(富田地区)、毎年8月1日(南納屋町)、毎年9月22・23日(磯津町)、毎年10月10日及び前後いずれか1日(南五味塚)、毎年1月15日(梶賀)(※選択当時・お出掛けの際は該当する市町村教育委員会などにご確認ください)
記録:『北勢鯨船行事調査報告書』(四日市市教育委員会・平成14年3月)
※この行事のうち、富田地区のものが平成元年2月27日に「鳥出神社の鯨船行事」として重要無形民俗文化財に指定されている。
選択番号
:
1
選択年月日
:
1989.02.27(平成1.02.27)
追加年月日
:
選択基準1
:
(一)由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの
選択基準2
:
選択基準3
:
所在都道府県、地域
:
三重県
所在地
:
保護団体名
:
鳥出神社鯨船神事委員会,南納屋町鯨船保存会,磯津鯨船保存会,南楠鯨船保存会,梶賀ハラソ祭保存会
北勢・熊野の鯨船行事
解説文:
詳細解説
この行事は、鯨船と称する豪華な装飾を施した船型の山車を曳き出し、その船上から、少年の扮する羽刺役がモリを投げて鯨突きの所作を演ずるもので、北勢地方の夏から秋の祭礼に伝承されている。張りぼての鯨の中には青年たちが入って暴れ回り、鯨船との攻防戦を繰り返した後で、突き捕られるまでを演じる。(※解説は選択当時のものをもとにしています)
関連情報
(情報の有無)
添付ファイル
なし
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北勢・熊野の鯨船行事
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北勢・熊野の鯨船行事
解説文
この行事は、鯨船と称する豪華な装飾を施した船型の山車を曳き出し、その船上から、少年の扮する羽刺役がモリを投げて鯨突きの所作を演ずるもので、北勢地方の夏から秋の祭礼に伝承されている。張りぼての鯨の中には青年たちが入って暴れ回り、鯨船との攻防戦を繰り返した後で、突き捕られるまでを演じる。(※解説は選択当時のものをもとにしています)
詳細解説▶
詳細解説
三重県北勢地方には、鯨船と称する豪華な装飾を施した船型の山車を曳き出し、その船上から、少年の扮する羽刺【はざし】役がモリを投げて鯨突きの所作を演ずる行事が、夏から秋の祭礼に伝承されている。張りぼての鯨の中には青年たちが入って暴れ回り、鯨船との攻防戦を繰り返した後で、突き捕られるまでを演じる。 このうち例えば、四日市市富田地区のものをみてみると、8月14日、15日の両日行われる鳥出神社の祭礼で行われ、神社丸、神徳丸、感応丸、権現丸の4艘の鯨船が曳き出される。各船とも1頭ずつの鯨が出て、1日目には町内の狭い路地を走り回り、2日目には神社境内に繰り込んで鯨船と追いつ追われつの攻防をみせる。鯨船を曳く時の「流し歌」、鯨突きのあとの「役歌」などの伝承を伴う。 周辺地域に残る鯨船行事もほぼ同様のもので、同市南納屋町では、諏訪神社の秋祭りに出された鯨船明神丸が、現在では、8月初旬の大四日市祭に曳き出されて3頭の鯨を突く模様が演じられる。 同市磯津町の鯨船、大正丸は、9月22、23日の塩崎神社祭礼で行われる。 また同県楠町南五味塚の鯨船、竜神丸は、10月10日(及び前後いずれか1日)の南五見束神社の秋祭りに曳き出されて神社境内や町内各所で鯨突きを演ずるものである。 一方、熊野地方には、かつては実際に海上に船を漕ぎ出して鯨を突く所作をしてみせる鯨船行事が分布していた。 尾鷲市梶賀に伝わるハラソ祭りは、唯一の現存例で、1月15日に行われている。この祭りに登場する鯨船は、ハラソ船と呼ばれ、かつては彩色を施した専用船が用いられたが、現在は漁船の船尾にたくさんの大漁旗を飾り立てたものを使用する。この船を漕ぎ出して隣り浦の曽根の飛鳥神社に参拝してから、化粧をして派手な襦袢を着た青年たちが櫓を漕ぎ、青年の中から選ばれたハダシ(羽刺)役が、赤い襦袢の上に綿入の平袖を着て船首に立ち、歌舞伎役者が見栄をきるような動作をしてから、モリを高く掲げて、海に投げる。曽根浦で数回、梶賀浦に戻ってからは鎮守の梶賀神社など数か所に向けて鯨突きの所作を行うものである。鯨突きにも櫓漕ぎの技法にも古式が伝承されている。年のはじめに鯨突きの模倣をすることによって、富を突きとり災厄をはらうことが目的とされている。 (※解説は選択当時のものをもとにしています)