国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財
主情報
名称
:
丹後の漁撈習俗
ふりがな
:
たんごのぎょろうしゅうぞく
丹後の漁撈習俗
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種別1
:
風俗慣習
種別2
:
生産・生業
その他参考となるべき事項
:
記録:『丹後の漁撈習俗』(京都府教育委員会・京都府立丹後郷土資料館・平成9年3月31日)
映像:『丹後の漁撈習俗』(企画歴博・協力文化庁・制作毎日映画社・平成10年度)
選択番号
:
1
選択年月日
:
1987.12.18(昭和62.12.18)
追加年月日
:
選択基準1
:
(一)由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの
選択基準2
:
選択基準3
:
所在都道府県、地域
:
京都府
所在地
:
保護団体名
:
特定せず
丹後の漁撈習俗
解説文:
詳細解説
この習俗は、丹後地方沿岸における漁撈に関する習俗である。この地域は、若狭湾西部に位置し、対馬海流が沖合を通り、その分流が湾内に環流するため、魚種が豊富で各種の漁法が営まれてきた。若狭湾に面した入江の多い海岸では、刺網や定置網による鰤漁、組織的方法による捕鯨などが行われ、外洋に面した沿岸では、磯見漁や海藻採取、飛魚刺網漁、沖合の釣漁が発達した。また、丹後町袖志では海女の潜水漁法も営まれた。このように、この地域は内湾と外洋の漁法が多様で、かつ複合的に伝承されてきた。(※解説は選択当時のものをもとにしています)
関連情報
(情報の有無)
添付ファイル
なし
写真一覧
丹後の漁撈習俗
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丹後の漁撈習俗
解説文
この習俗は、丹後地方沿岸における漁撈に関する習俗である。この地域は、若狭湾西部に位置し、対馬海流が沖合を通り、その分流が湾内に環流するため、魚種が豊富で各種の漁法が営まれてきた。若狭湾に面した入江の多い海岸では、刺網や定置網による鰤漁、組織的方法による捕鯨などが行われ、外洋に面した沿岸では、磯見漁や海藻採取、飛魚刺網漁、沖合の釣漁が発達した。また、丹後町袖志では海女の潜水漁法も営まれた。このように、この地域は内湾と外洋の漁法が多様で、かつ複合的に伝承されてきた。(※解説は選択当時のものをもとにしています)
詳細解説▶
詳細解説
我が国の漁撈習俗は、それぞれの地域ごとに歴史的変遷を経て今日に伝承されているが、黒潮や親潮などの沿岸流の関係で、漁獲対象とそれに対応する漁具、漁法などに地域性が形成されている。 日本海側の西部沿岸域は、九州の西北部から、山陰、若狭、能登と北上する対馬海流の影響を強く受けている地域である。 その中で京都府北部の丹後地方の沿岸は、若狭湾の西部に位置し、対馬海流が沖合を通るばかりでなく、その分流が湾内に環流するために、特に魚種が豊富で、古くから多くの漁村が発達して各種の伝統的漁法が営まれてきた。 半島先端部の経ヶ岬を境にして、東の若狭湾に面した入江の多い海岸では、伊根浦を主な拠点として刺網による鰤漁が古くから営まれ、明治期にはいちはやく定置網漁法が導入され、丹後鰤(伊根鰤)として広く名声を得るようになった。また、大正期まで旧来の組織的方法による捕鯨も行われた。 一方、外洋に面した沿岸地域では、磯見漁や海藻採取、あるいは飛魚刺網漁や沖合の釣漁が発達し、さらに丹後町袖志では海女による潜水漁法も営まれた。 このように丹後地方沿岸は、内湾と外洋の漁法が多様で、かつ複合的に伝承されてきた地域であり、これらの漁撈を中心として、日本海西部沿岸地域の漁撈習俗が、比較的良好に残されてきた地域である。しかし、それらの伝承も、近年の漁撈技術の急速な発達や生活環境の変化の中で、年々消滅・変貌しつつあることから、早急に記録を作成する必要があるものである。 (※解説は選択当時のものをもとにしています)