国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財
主情報
名称
:
等覚寺の松会
ふりがな
:
とかくじのまつえ
等覚寺の松会
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種別1
:
風俗慣習
種別2
:
年中行事
その他参考となるべき事項
:
公開日:毎年4月第三日曜日(※選択当時・お出掛けの際は該当する市町村教育委員会などにご確認ください)
記録:『等覚寺の松会』(等覚寺の松会保存会・昭和52年)
:『等覚寺の松会 一千年の伝統を紡ぐ』(苅田町教育委員会・平成5年3月)
※この行事は、平成10年12月16日に「等覚寺の松会」として重要無形民俗文化財に指定されている。
選択番号
:
1
選択年月日
:
1975.12.08(昭和50.12.08)
追加年月日
:
選択基準1
:
(一)由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの
選択基準2
:
選択基準3
:
所在都道府県、地域
:
福岡県
所在地
:
保護団体名
:
「等覚寺の松会」保存会
等覚寺の松会
解説文:
詳細解説
この行事は、白山多賀神社の神域(廃仏毀釈までは豊前六峰と呼ばれる修験道の拠点である等覚寺があった)で行われる五穀豊穣・疫病退散・国家安泰を祈願する行事で、かつては2月19日に行われていた。施主が大幣を神社に奉納し、神輿洗いをした後、松会に入り、獅子舞、田行事、鬼会、刀行事があり、最後に施主が大幣をもって柱の頂上に登り、頂上で大幣の幣串を切り落とす。(※解説は選択当時のものをもとにしています)
関連情報
(情報の有無)
添付ファイル
なし
写真一覧
等覚寺の松会
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等覚寺の松会
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等覚寺の松会
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等覚寺の松会
解説文
この行事は、白山多賀神社の神域(廃仏毀釈までは豊前六峰と呼ばれる修験道の拠点である等覚寺があった)で行われる五穀豊穣・疫病退散・国家安泰を祈願する行事で、かつては2月19日に行われていた。施主が大幣を神社に奉納し、神輿洗いをした後、松会に入り、獅子舞、田行事、鬼会、刀行事があり、最後に施主が大幣をもって柱の頂上に登り、頂上で大幣の幣串を切り落とす。(※解説は選択当時のものをもとにしています)
詳細解説▶
詳細解説
等覚寺の松会は、白山多賀神社の神域(廃仏毀釈までは豊前六峰と呼ばれる修験道の拠点である等覚寺があった)で行われる五穀豊穣・疫病退散・国家安泰を祈願する行事で、もとは2月19日に行われていた。 現在はまず、4月1日に神域の草刈りをする坪草刈りと33尺の柱を立てて、33箇所を太い蔓で縛り固定する柱起こしを行う。 次いで4月第二日曜に役出し座(松会での役決め)、注連下ろし(神社や禊ぎの川などに注連縄を張る)、幣はぎ(大幣3本・祓い串13本を作る)、盛一臈御座(施主の役の受渡し儀礼)、綱打ち(柱に掛ける大綱を作る)、綱掛け(大綱を担いで集落を練り歩いた後、神社で御祓いをしてから柱に掛ける)を行う。 そして4月第三日曜の3日前に塩会があり、施主と次期施主は海岸で塩垢離をとって竹筒に入れた塩水を神社に奉納する。 4月第三日曜は、まず施主が大幣を神社に奉納し、神輿洗いをした後、松会に入る。獅子舞、田行事(田打ち・畔切り・畔塗り・代掻き・田植・はらみ女までの所作をする)、鬼会、刀行事(鉞舞・長刀舞)が行われる。最後に施主が川で禊ぎをして幣切りを行う。施主は大幣をもって柱の頂上に登り、頂上で天下泰平・五穀豊穣などを祈願して大幣の幣串を切り落とす。 翌日、柱は片付けられ、次期施主に諸道具が引き渡される。 豊前六峰の松会は現在も各地でみられるが、柱上での幣切りを伝えるのはこの行事だけであり、我が国の民間信仰に与えた修験の伝統をよく伝えており、地域的特色の豊かな行事であることから、早急に記録を作成する必要がある。 (※解説は選択当時のものをもとにしています)