国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
熊本藩高瀬米蔵跡
ふりがな
:
くまもとはんたかせこめぐらあと
指定6_高瀬船着場跡の近景・旧渡頭と護岸石垣
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種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
江戸時代
年代
:
西暦
:
面積
:
10526.94 m
2
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
141
特別区分
:
指定年月日
:
2022.11.10(令和4.11.10)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
六.交通・通信施設、治山・治水施設、生産施設その他経済・生産活動に関する遺跡
所在都道府県
:
熊本県
所在地(市区町村)
:
熊本県玉名市
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
指定6_高瀬船着場跡の近景・旧渡頭と護岸石垣
解説文:
詳細解説
江戸時代、菊池川流域の村々から年貢米を舟運で集積した熊本藩の米蔵。船着場跡には、蔵との間をつなぐ石敷きの坂道「俵転がし」2基や石階段、護岸石垣等が現存する。河口部に立地し補完機能を担った晒船着場跡も合わせて指定する。
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
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指定6_高瀬船着場跡の近景・旧渡頭と護岸石垣
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指定6_高瀬船着場跡の近景・旧渡頭と護岸石垣
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解説文
江戸時代、菊池川流域の村々から年貢米を舟運で集積した熊本藩の米蔵。船着場跡には、蔵との間をつなぐ石敷きの坂道「俵転がし」2基や石階段、護岸石垣等が現存する。河口部に立地し補完機能を担った晒船着場跡も合わせて指定する。
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詳細解説
熊本藩高瀬米蔵跡は、熊本県北部を流れる菊池川下流に石積で築かれた船着場をもち、流域の村々から舟運で運ばれてきた年貢米の集積・搬出の拠点となった米蔵施設の遺跡である。江戸時代に描かれた絵図では10棟の蔵が並び、広場には米の品質を検査する場である「御米山床」の表記が見える。建物は隣接の藩主らの休憩施設である高瀬御茶屋とともに、明治10年(1877)の西南戦争で焼失した。玉名市教育委員会の調査で蔵の礎石列が検出されている。米蔵に付属する高瀬船着場跡には、護岸の石垣、波を消し水流を弱める設備である「ワク」、米蔵へ荷の積み下ろしする階段(「揚場」)と、斜路(「俵転がし」)の遺構が現存する。江戸時代後期、荷揚げ量増大に合わせて船着場は下流側に拡張され、従来のものは旧渡頭、拡張された船着場は新渡頭と呼ばれ、新たに築かれた「俵転がし」1基も現存している。さらに、菊池川の河床上昇による遡航輸送困難に対応するため、河口部の晒に支所機能を担う船着場が作られた。米蔵や番所等は現存しないが、晒船着場跡にも「ワク」や俵転がしの遺構が残る。 高瀬の米蔵跡と船着場跡、晒船着場跡は、菊池川の水運と、全国有数の米の産地の積出し港の機能等を知る上で貴重な遺跡である。