国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
博多遺跡
ふりがな
:
はかたいせき
博多遺跡 石積遺構南半部部分 西から(福岡市提供)
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種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
11世紀半ば
年代
:
西暦
:
面積
:
961.23 m
2
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
12
特別区分
:
指定年月日
:
2024.02.21(令和6.02.21)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
所在都道府県
:
福岡県
所在地(市区町村)
:
福岡県福岡市
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
博多遺跡 石積遺構南半部部分 西から(福岡市提供)
解説文:
詳細解説
11世紀半ばに貿易拠点となった『筑前博多津唐房』と一体的に築造された港湾施設。
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
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博多遺跡 石積遺構南半部部分 西から(福岡市提供)
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博多遺跡 石積遺構南半部部分 西から(福岡市提供)
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解説文
11世紀半ばに貿易拠点となった『筑前博多津唐房』と一体的に築造された港湾施設。
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詳細解説
福岡県福岡市博多区に所在する弥生時代から近世にかけての複合遺跡である博多遺跡群のひとつで、中世の港湾に係る遺跡を指す。福岡市教育委員会が実施した発掘調査で、拳大から人頭大の石を幅1.2~1.6m、高さ約60cmの列状に積み上げた護岸と考えられる石積遺構が約70mにわたって検出された。時期は11世紀後半から12世紀前半に機能し、12世紀中頃から後半の洪水堆積物で埋没している。当時の水際から6mほど陸側の砂丘末端から河川堆積層にかけて直線的に構築されており、海側の石材は面を強く意識している。その位置や構造から港湾施設と考えられる。また、これと同様の港湾施設が中国の寧波や温州で発掘されていることから、宋商人らが関与して構築されたと想定される。 石積遺構の周辺には石積遺構と同一の方向をとる同時期の遺構群が展開し、また汀線際に投げ捨てられた白磁一括廃棄遺構等が検出されていることなどから、宋商人の居住区である「筑前博多津唐房」に関連する区画が付近に存在した可能性が示されている。出土遺物には、多量の貿易陶磁器片のほか、日宋貿易の主要な輸出品のひとつであった大分県九重硫黄山産や鹿児島県硫黄島産の硫黄が出土していることが注目される。 鴻臚館に代わる新たな施設として11世紀後半に造られた港湾施設で、中世のアジア規模での交易の内容やその担い手を示す重要な遺跡である。