国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
上野国分尼寺跡
ふりがな
:
こうずけこくぶんにじあと
上野国分尼寺跡
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種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
奈良時代
年代
:
西暦
:
面積
:
22802.39 m
2
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
12
特別区分
:
指定年月日
:
2024.10.11(令和6.10.11)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
三.社寺の跡又は旧境内その他祭祀信仰に関する遺跡
所在都道府県
:
群馬県
所在地(市区町村)
:
群馬県高崎市
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
上野国分尼寺跡
解説文:
詳細解説
聖武天皇が全国に建立させた国分(こくぶん)尼寺(にじ)の一つ。金堂(こんどう)跡、回廊(かいろう)跡、尼坊(にぼう)跡などを検出
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
上野国分尼寺跡
写真一覧
上野国分尼寺跡
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解説文
聖武天皇が全国に建立させた国分(こくぶん)尼寺(にじ)の一つ。金堂(こんどう)跡、回廊(かいろう)跡、尼坊(にぼう)跡などを検出
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詳細解説
上野国分尼寺跡は、聖武天皇が発した天平13年(741)の国分寺造立の詔によって造営された国分尼寺の一つである。榛名山(はるなさん)東南麓の相馬ヶ原扇状地の扇端部にあり、西300mほどには史跡上野国分寺跡がある。高崎市教育委員会による発掘調査が行われ、南から金堂・尼坊が配され、金堂に回廊がとりつく伽藍配置が明らかになった。伽藍地範囲は162m(540尺)四方で、区画施設としては、西辺以外は築地塀の痕跡が、西辺には溝が確認されている。尼坊跡は礎石の残存を6箇所で確認し、身舎は桁行15間・梁行(はりゆき)2間で、南北に各1間の庇がつく切妻建物である。回廊跡は、ほぼ原位置の礎石を6箇所確認し、梁行1間・柱間約14尺(4.2m)の単廊で、東面・西面は桁行13間と推定され、回廊跡・尼坊跡とも瓦が多量に出土し、それぞれ瓦葺建物である。国分寺創建後の8世紀中葉頃に造営が行われ、10世紀後半には廃絶したとみられる。史跡上野国分寺跡とあわせて国分二寺の状況が分かる全国でも貴重な例で、古代の仏教文化を理解する上で重要である。