国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
勝連城跡
ふりがな
:
かつれんじょうあと
勝連城跡全景
写真一覧▶
地図表示▶
詳細解説表示▶
種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
年代
:
西暦
:
面積
:
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
特別区分
:
指定年月日
:
1972.05.15(昭和47.05.15)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
二.都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡
所在都道府県
:
沖縄県
所在地(市区町村)
:
うるま市勝連南風原
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
勝連城跡全景
解説文:
詳細解説
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
勝連城跡全景
勝連城跡1
勝連城跡一の曲輪への階段1
勝連城跡遠景1
勝連城跡三の曲輪
勝連城跡三の曲輪東側
勝連城跡四の曲輪
勝連城跡正面600
写真一覧
勝連城跡全景
写真一覧
勝連城跡1
写真一覧
勝連城跡一の曲輪への階段1
写真一覧
勝連城跡遠景1
写真一覧
勝連城跡三の曲輪
写真一覧
勝連城跡三の曲輪東側
写真一覧
勝連城跡四の曲輪
写真一覧
勝連城跡正面600
Loading
Zeom Level
Zoom Mode
詳細解説
S47-5-169[[勝連]かつれん]城跡.txt: 沖縄本島南部の東海岸に突出した与勝半島の付け根に近い独立丘的台地上に、自然の地形を利用して築かれた一種の山城形式の城である。東南から北西にかけて、現在米軍基地になっている東郭から一段下がって鞍部のような部分の郭、それから珊瑚性石灰岩で石垣をめぐらす三の丸・二の丸・本丸と次第に急峻となり、その先は深い谷となる。昭和40年から3年間、琉球政府文化財保護委員会によって発掘調査され、各郭の構造および他の郭に通ずる門や石段などがかなり明確になったほか、宋・元の青磁や南蛮手の陶器など、中国・南海との貿易資料も発見できた。 この城は、もと一平民であった阿麻和利が[[茂知附]もちづき]按司に代わって城主となり、勢力が増大して尚泰久の王女をめとり、護佐丸と対決してこれを滅ぼすが、1458年中山王と争い、敗死するまでの居城である。また城下町の形成など、政治史的社会史的にも重要である。