国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
登録記念物
主情報
名称
:
新藤氏庭園
ふりがな
:
しんどうしていえん
新藤氏庭園(全景)
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種別1
:
登録記念物(名勝地関係)
種別2
:
時代
:
明治末期
年代
:
西暦
:
面積
:
3630.29 m
2
その他参考となるべき事項
:
登録番号
:
登録年月日
:
2016.03.01(平成28.03.01)
追加年月日
:
登録基準
:
所在都道府県
:
栃木県
所在地(市区町村)
:
栃木県足利市
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
新藤氏庭園(全景)
解説文:
詳細解説
新藤氏庭園は,栃木県足利市西部の春(かす)日岡(がおか)と呼ばれる台地の南縁に位置する。新藤氏は江戸末期から昭和にかけて織物業を営んでおり,二代目の睦十郎が明治末期に初代理一郎のために離れを建てた際に庭園も造営されたという。
2階建ての離れは台地の上に建ち,離れが建つ上段部と園池のある下段部には大きな高低差があるが,その地形を活かして落差約3mの豪快な滝が造られている。滝の下には石組護岸のS字状の園池が広がる。また,庭園の東部からの流れは蛇行しながら離れの側を抜け滝へとつながり,西部からの流れは直接園池に接続する。
2階からは高低差のある庭園を眼下に見ることができ,また建物から庭園に出て台地の上段から下段へ,また下段から上段へ歩をすすめるにつれ庭景が大きく変わる。このように垂直方向を軸に様々な景観を観賞できることが大きな特色であり,特に園池の岸からの景観は,大ぶりのチャートで組まれた滝石組や離れ等を仰ぎ見るという迫力あるものとなっている。地形を最大限に活かした空間構成はきわめて特徴的であり,栃木県の造園文化の発展に寄与した意義深い事例である。
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
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新藤氏庭園(全景)
新藤氏庭園(全景)
新藤氏庭園(滝)
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新藤氏庭園(全景)
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新藤氏庭園(全景)
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新藤氏庭園(滝)
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解説文
新藤氏庭園は,栃木県足利市西部の春(かす)日岡(がおか)と呼ばれる台地の南縁に位置する。新藤氏は江戸末期から昭和にかけて織物業を営んでおり,二代目の睦十郎が明治末期に初代理一郎のために離れを建てた際に庭園も造営されたという。 2階建ての離れは台地の上に建ち,離れが建つ上段部と園池のある下段部には大きな高低差があるが,その地形を活かして落差約3mの豪快な滝が造られている。滝の下には石組護岸のS字状の園池が広がる。また,庭園の東部からの流れは蛇行しながら離れの側を抜け滝へとつながり,西部からの流れは直接園池に接続する。 2階からは高低差のある庭園を眼下に見ることができ,また建物から庭園に出て台地の上段から下段へ,また下段から上段へ歩をすすめるにつれ庭景が大きく変わる。このように垂直方向を軸に様々な景観を観賞できることが大きな特色であり,特に園池の岸からの景観は,大ぶりのチャートで組まれた滝石組や離れ等を仰ぎ見るという迫力あるものとなっている。地形を最大限に活かした空間構成はきわめて特徴的であり,栃木県の造園文化の発展に寄与した意義深い事例である。
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詳細解説
新藤氏庭園は、栃木県足利市西部の春日岡と呼ばれる台地の南縁に位置する。江戸末期から昭和にかけて織物業を営んでいた新藤氏の二代目である睦十郎(1860~1932)は、明治末期に父である初代理一郎(1834~1910)のために離れを建てた。庭園もその際に造営されたという。 2階建ての離れは台地の上に建ち、離れが建つ上段部と園池のある下段部には大きな高低差があるが、その地形を活かして落差約3mの豪快な滝が造られている。滝の下には石組護岸のS字状の園池が広がる。園池には木橋が架かり、岸には雪見燈籠を配置する。庭園内にはその他にも、築山、飛石、春日燈籠、四阿等が配されている。また、庭園の東部からの流れは蛇行しながら離れの側を抜け滝へとつながり、西部からの流れは直接園池に接続する。流れに架かる3本の石橋は園路とつながっており、園内を周遊できるようになっている。植栽はアカマツ、イロハモミジ等の高木のほか、アセビ、ツツジ等を配置する。 新藤氏庭園は個人の邸宅に造られた庭園であり、それほど広くはないものの、建物2階からは高低差のある庭園を眼下に見ることができ、また建物から庭園に出て台地の上段から下段へ、また下段から上段へ歩をすすめるにつれ庭景が大きく変わる。このように垂直方向を軸に様々な景観を観賞できることが大きな特色であり、特に園池の岸からの景観は、大ぶりのチャートで組まれた滝石組や離れ等を仰ぎ見るという迫力あるものとなっている。 足利市では、昭和初期以降地場産業である織物業の経営者らが庭園を造営し、現在まで残るものも多い。明治末期に造られた新藤氏庭園はそれらの先駆けと位置づけることができるだけでなく、地形を最大限に活かした空間構成はきわめて特徴的であり、栃木県の造園文化の発展に寄与した意義深い事例である。