構成資産
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件名名称 醍醐寺
件名ふりがな だいごじ

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所在都道府県 京都府
所在地 京都市伏見区醍醐東大路町22


解説文:
 醍醐寺は山上の伽藍と、西麓の平地伽藍とに分かれている。山上伽藍は 874年から平地伽藍は 904年から整備が始められ、 907年には勅願寺となり、 952年に平地伽藍の五重塔が落成し完成した。  その後、15世紀の戦乱期には衰微し、戦災によってほとんどの建物が焼失した。しかし、16世紀末から17世紀初頭にかけて金堂の移築再建、五重塔の修理、三宝院庭園の前身である庭園の築造をはじめとする復興が行われ、現在見られる姿が形成された。  18世紀中期には五重塔の解体修理や、三宝院殿堂の大修理が実施された。近代には、薬師堂(1907)、清瀧宮拝殿(1919)、三宝院殿堂(1927)、金堂(1929)、三宝院唐門(1936)の解体、半解体修理が行われ、1954から1959年には五重塔の解体修理によって10世紀の建築技法が明らかになるとともに創建当初の姿に復原された。  また、三宝院庭園は1981年に護岸石組の改修整備がなされている。  現在、山上伽藍の薬師堂、清瀧宮拝殿、平地伽藍の五重塔、金堂、三宝院の殿堂表書院、唐門の6棟の国宝建造物、特別名勝である三宝院庭園の他、9棟1基の建造物が重要文化財に指定されている。  薬師堂は 907年に建立され、後に倒壊し、現在のものは1121年の再建である。乱石積基壇の上に建つ正面5間、側面4間、入母屋造、檜皮葺で、平安時代初期の礼堂を持たない仏堂の規模、様式を伝えている。  醍醐寺の鎮守社清瀧宮拝殿は、1088年建立、1410年焼失の後、1434年現在のものに再建されている。南斜面に建つため東側を正面とした正面3間、側面7間の妻入、懸造であり、屋根は入母屋造檜皮葺で正面に唐破風造の向拝が設けられた住宅建築風の拝殿である。  952年に落成した五重塔は、京都における現存最古の建造物であり、雄大で安定感のある立面構成とともに、初層内部に描かれた両界マンダラ壁画が密教寺院の特性を示している。  金堂は17世紀初頭に紀州から満願寺金堂を移築したものであり、正面7間、側面5間、入母屋造本瓦葺の建物は板床敷の内陣、外陣を持つ平安末期の仏堂様式を完全に残している。  三宝院表書院及び庭園は1598年に豊臣秀吉が大規模な花見を催すにあたって、増築、改造したものである。書院は縁側に勾欄をめぐらし、西南隅に泉殿を設けるなど、平安時代の寝殿造の様式を取り入れた優雅なものである。庭園は秀吉が直接指示して作らせた豪奢なもので、池泉廻遊式庭園と枯山水庭園の折衷様式であるが、建物内部からの景を重視した庭園となっている。  朝廷からの使者を迎える唐門は黒漆塗装や金箔貼がなされ、扉には菊花と桐花が彫刻された、檜皮葺の平唐門であり、桃山時代の大胆で華麗な意匠を今に伝えている。
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