国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(建造物)
各棟情報
名称
:
犬山城天守
ふりがな
:
いぬやまじょうてんしゅ
棟名
:
棟名ふりがな
:
犬山城天守
写真一覧▶
地図表示▶
詳細解説表示▶
員数
:
1棟
種別
:
近世以前/城郭
時代
:
桃山
年代
:
慶長6
西暦
:
1601
構造及び形式等
:
三重四階、地下二階付、本瓦葺、南面及び西面附櫓、各一重、本瓦葺
創建及び沿革
:
棟礼、墨書、その他参考となるべき事項
:
指定番号
:
00044
国宝・重文区分
:
国宝
重文指定年月日
:
1935.05.13(昭和10.05.13)
国宝指定年月日
:
1952.03.29(昭和27.03.29)
追加年月日
:
重文指定基準1
:
重文指定基準2
:
所在都道府県
:
愛知県
所在地
:
愛知県犬山市大字犬山
保管施設の名称
:
所有者名
:
(公財)犬山城白帝文庫
所有者種別
:
管理団体・管理責任者名
:
犬山市
犬山城天守
解説文:
詳細解説
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
犬山城天守
犬山城天守閣
写真一覧
犬山城天守
写真一覧
犬山城天守閣
Loading
Zeom Level
Zoom Mode
詳細解説
犬山城天守 一棟 犬山城は、織田広近によって文明元年(一四六九)に定められた木下城が始めである。その後、天文四年(一五三五)に織田信康は城を現在の城山の南西にある三光寺山に移し、関ヶ原の戦ののち慶長六年(一六〇一)になって、清州城主徳川忠吉の老臣小笠原吉次によって現在の地に城が築かれることになった。犬山城は尾張(愛知県西半部)の最先鋒として、長良川を前にした美濃(岐阜県南部)を望む小高い丘の上に建つ平山城である。昭和四十年の解体修理にさいしての調査で、始め二層の櫓ができ、その上に望楼がのり、さらに望楼の基部に唐破風を加えるなどの大きな改造を経て、現在みるような姿になったことが明らかにされている。最初に櫓が建てられたのは関ヶ原の戦が終わって移封された小笠原吉次の時代、望楼を上げたのは成瀬正成が城主であった元和六年(一六二〇)ごろ、その後の改造はさらに十数年経たころで、つぎの城主成瀬正虎によると考えられている。 入り口は正面の石垣南面にあり、石垣内の狭い地下二、地下一階を経て一階に出る。一階は台形で、周囲に幅二間の入側をめぐらし、その内部を上段の間を主室とする四室に分けている。上段の間は畳敷で、押板床・違棚・帳台構を備える書院造の座敷である。しかし、この上段の間の床は始め他の部分と同じ高さの板敷で、床・違棚・帳台構がつくられたのも床を高くしたのと同時期の文化(一八〇四―一八一八)ごろである。 【引用文献】 『国宝大辞典(五)建造物』(講談社 一九八五年)