国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
紙本墨画淡彩官女観菊図〈岩佐勝以筆〉
ふりがな
:
しほんぼくがたんさいかんじょかんぎくず
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員数
:
1幅
種別
:
絵画
国
:
日本
時代
:
江戸
年代
:
西暦
:
作者
:
岩佐勝以
寸法・重量
:
品質・形状
:
ト書
:
画賛・奥書・銘文等
:
伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
2028
枝番
:
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2008.07.10(平成20.07.10)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
東京都
所在地
:
保管施設の名称
:
所有者名
:
公益財団法人山種美術財団
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
詳細解説
岩佐又兵衛勝以(1578~1650)は近世初期に風俗画を中心に独創的な画風を展開した画家。もと福井の金屋家に伝わった金谷屏風は又兵衛の後半生の最も基準となる作品である。同屏風は和漢の故事人物図十二図を自由に隣り合わせたものであったが、明治時代末頃に解装されて分散した。十二図中九図が重要美術品に認定されている。
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
一つ書
なし
添付ファイル
なし
解説文
岩佐又兵衛勝以(1578~1650)は近世初期に風俗画を中心に独創的な画風を展開した画家。もと福井の金屋家に伝わった金谷屏風は又兵衛の後半生の最も基準となる作品である。同屏風は和漢の故事人物図十二図を自由に隣り合わせたものであったが、明治時代末頃に解装されて分散した。十二図中九図が重要美術品に認定されている。
詳細解説▶
詳細解説
本図は、もと金谷屏風と呼ばれ、、福井藩の御用商人として藩を財政的に支えた金屋家に伝来したと伝える押絵貼屏風の一図であった。金屋家は、慶長六年(一六〇一)に藩祖結城秀康(一五七四~一六〇七)が入国するはるか以前から福井で鉄鋼を中心とする商売を手がけ、後には大名貸しなど金融業も営んだ豪商であった。同家は藩祖入国当時から松平家と密接な関係を築いていったことから、金谷屏風を拝領することは十分ありうることである。旧金谷屏風の諸図は、岩佐又兵衛勝以(一五七八~一六五〇)の約二〇年に及ぶ福井在住時代の作と認められ、後半生の代表作と考えられている。 同屏風中の諸図では、打ち込みあるいは肥痩のある線を用い、人物は和様であっても樹木などには漢画系の技法を用いて和漢折衷の技法によっている。これに対して、本図ではやまと絵の古典的な技法である白描によっている点が注目され、しかも精細で優れた出来栄えを示し、一二図中で最も評価が高い作品である。 本図の白描は、牛車の中の女性たちの描出に最も細密な線描が集中し、その周囲を囲む牛車の描写に濃墨を画的に用いている。また、古典的な白描には見られない墨の濃淡の表現も牛車の軒格子および袖格子に用いている。そのうえ、旧金谷屏風のほかの図と共通する金泥と淡墨を刷く霞によって周辺の墨色を抑え、緻密に描かれた車の中の女性たちを強調しているのも特徴である。又兵衛の作品中に本図ほど白描に本格的に取り組んだ作品は現時点では見当たらず、諸派の技法を習得しつつあった時期が想定され、又兵衛研究上貴重な資料でもある。本図の主題はいずれかの物語に取材していると思われるものの、残念ながら不明であり、現在の名称は大正三年(一九一四)に『國華』二九五号で紹介されたとき以来用いられてきている。又兵衛のいわゆる和漢故事図には画題の特定が難しいものがしばしばみられ、他方で、源氏物語図、歌仙図といった古典的な主題に従来にない図様が散見されるのも又兵衛画の特色である。 本図は単独の作品としても、又兵衛その人の卓越した筆力を最も端的に示す遺例である。