国宝・重要文化財(美術工芸品)
 主情報
名称 木造観音菩薩坐像
ふりがな もくぞうかんのんぼさつざぞう
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員数 1躯
種別 彫刻
中国
時代 南宋
年代
西暦
作者
寸法・重量
品質・形状
ト書
画賛・奥書・銘文等
伝来・その他参考となるべき事項
指定番号(登録番号) 03470
枝番 00
国宝・重文区分 重要文化財
重文指定年月日 1998.06.30(平成10.06.30)
国宝指定年月日
追加年月日
所在都道府県 神奈川県
所在地
保管施設の名称
所有者名 清雲寺
管理団体・管理責任者名

解説文:
 右膝を立てて左足を垂下させ、左手をついてくつろいだ体勢を示す観音像である。こうした姿は中国において五代ころより、補陀落山の金剛宝座上に坐す観音像として盛んに画像が製作された。それらは画中の付属品や景物によって水月観音、楊柳観音等と称され、また善財童子を伴う華厳系仏画として描かれることが多い。本像もそうした性格の観音像として造られたものとみられる。
 材質は中国産のサクラと鑑されており、頭体は別材製で、頭部は主材一材に面相部を矧ぐ(各内刳)。瞳にはガラス玉かと思われる材を裏から嵌める。体部は像内に空間ができるように正面材(一材)と背面材(上下二材)を両体側材(左方は内外二材、右方は内外三材でうち外二材より右足部まで造り出す)で挟み、底板(亡失)を嵌める箱組式の構造になる。髻上半、左膝以下(垂裳を含み大略一材製)、右側面地付、両手首先(後補)、両足先(後補)等を各矧ぐ。地髪・肩上の垂髪・胸飾は練物を貼り付けている。表面は漆塗で全身に淡紅色が塗られ、衣部には顔料や金により文様が施されていたようだがほとんど剥落している。頭部上面の前方中央に角〓孔、髻前面に蟻〓用の溝が穿たれており、いずれも宝冠装着のための仕口と思われる(現在の宝冠は後補)。
 面長で鼻梁が細く、一種肉感的な顔立ちや猫背の体型、全体の単純化された面構成と陰刻線を主体とする衣文といった作風の特色や、僧祗支を着けたうえ両肩に衣を羽織る服制は京都・泉涌寺観音菩薩坐像(重文)に通じ、箱組式の木寄せや髪を塑形材の貼付けにより表す技法も同工で、両者には密接な関係が想定される。同様の像容と髪の塑形技法をみせる例に嘉禎三年(一二三七)に建仁寺僧が明州の工人に造らせた旨の銘がある兵庫・法恩寺菩薩形坐像が知られ、本像も南宋時代、江南地方において造られた作品と考えて大過ないであろう。当地へはおそらく領主三浦氏とのかかわりにおいてもたらされたとみるのが自然であり、その時期の下限は三浦氏滅亡の宝治元年(一二四七)を一応の目安とすることができる。
 一三世紀後半より鎌倉地方を中心とした造像に現れる、猫背で上背部の盛り上がった体型や、観音像におけるくつろいだ体勢には、本像のような宋彫刻の影響をみることができよう。鎌倉時代東国への宋文化の移植を具体的に物語り、かつその受容を考えるうえで見逃せない作例といえる。
関連情報
    (情報の有無)
  附指定 なし
  一つ書 なし
  添付ファイル なし