国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
絹本著色二美人図〈葛飾北斎筆/〉
ふりがな
:
けんぽんちゃくしょくにびじんず
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員数
:
1幅
種別
:
絵画
国
:
日本
時代
:
江戸
年代
:
西暦
:
作者
:
葛飾北斎
寸法・重量
:
品質・形状
:
ト書
:
画賛・奥書・銘文等
:
伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
01986
枝番
:
0
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2001.06.22(平成13.06.22)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
静岡県
所在地
:
静岡県熱海市桃山町26-2
保管施設の名称
:
財団法人エム・オー・エー美術文化財団MOA美術館
所有者名
:
世界救世教
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
葛飾北斎(一七六〇-一八四九)は浮世絵のあらゆる分野に優れた作品をのこしているが、肉筆画においても最も重要な画家のひとりである。画業の最初期に北斎は勝川春章門で肉筆画の技法を培い、俵屋宗理を名乗った三〇代後半には痩身の可憐な美人画風を生み出した。北斎美人画風はやがて、どちらかといえば退廃的で肉感的な美人へと変容してゆくが、その過程で多くの優品が描かれた。本図には北斎美人画中の最優作の一つという定評がある。
浮世絵美人画中でも吉原の遊女は最も多く描かれた題材である。本図は無背景にひとりの高位の遊女が物憂げな表情で立ち、前方で向かって右向きにかがんだ女性がこれを振り返るのみの簡潔な図様である。立ち姿の女性は、やや俯き加減で視線を下に落とし、下方におろした左腕で小袖の端を持っている。肩から足許にかけて身体は大きな弧を描き、向かって斜め左を向いている。頭髪には簪を多く挿し、白い花びら模様のあるうす青色の着物に細い帯を前で結ぶ。寛いだ姿で羽織った小袖は鼠色地に扇散らしの文様で、金泥の輪郭線で括られた桧扇からは実際に赤と緑の飾り糸が垂れ下がっている。裾には葵の模様もみえる。
かがんでいる女性は膝を横座りに折り、腰をやや前方にかがめて肩を後方にねじる。右肘を曲げて膝の上に置き、左肘は、手首を折り曲げて、手の甲をやや開いた口元にあてがい、首をねじって背後に立つ女性のほうを見やる。菖蒲革の褄模様の赤地の小袖を着し、茶色のうすものを上に重ね、背で結んだ青地の帯を垂らしている。
すらりとした長身の前者と、体を折り畳んでねじり、指先にも緊張感を漂わせる後者の対比が、人物画としても充実した表現を実現している。傾けた首、かがんだ体躯の形には北斎特有の誇張された形態感覚がうかがえるが、未だ「酔余美人図」ほど顕著ではなく、構図を引き締めつつも自然さを失っていない。彩色も精緻で、鮮やかな色彩を要所に点じており、洗練された色彩感覚を示す。本図と同一款記を有する類品も他に知られているが、本図は精細さ等において優れているといえよう。
北斎の数ある肉筆画のなかでも、「亀毛蛇足」印のある作品は、高く評価されているものが多い。同印の使用は、享和三年(一八〇三)の狂歌本『月微妙【つきくわし】』がはやいとされるが、それ以前にも用いられていたと思われる。同印使用の下限としては、文化十年(一八一三)制作の「鯉魚図」(埼玉県立博物館)に印を門人に譲ると記されていることから、この時期までは用いられていたとされる。同印のある作例はこれまでに約六〇点が知られており、長方郭が次第に欠損してゆくことも指摘されているが、本図にみる印影は鮮明で、欠失も左辺上部と右辺下部のみであることから、かなり早い時期のものとみられる。つまり、「亀毛蛇足」印の欠損がさらに進んだ「釣狐図」が制作された文化三年(一八〇六)より遡る四十歳代前半頃の作であろう。
本図の丹念で上品な出来映えは、特別の注文に応じた渾身の作と思わせるものがある。伝来は不明であるが、表装裂の一文字に三つ葉葵紋があることは、示唆的といえよう。葛飾北斎の代表作として、また、浮世絵絵師たちが競って健筆を揮った華やかな肉筆美人画にあって、勝川春章、喜多川歌麿に伍して独自の位置を占める美人画として、高く評価される。
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
一つ書
なし
添付ファイル
なし
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解説文
葛飾北斎(一七六〇-一八四九)は浮世絵のあらゆる分野に優れた作品をのこしているが、肉筆画においても最も重要な画家のひとりである。画業の最初期に北斎は勝川春章門で肉筆画の技法を培い、俵屋宗理を名乗った三〇代後半には痩身の可憐な美人画風を生み出した。北斎美人画風はやがて、どちらかといえば退廃的で肉感的な美人へと変容してゆくが、その過程で多くの優品が描かれた。本図には北斎美人画中の最優作の一つという定評がある。 浮世絵美人画中でも吉原の遊女は最も多く描かれた題材である。本図は無背景にひとりの高位の遊女が物憂げな表情で立ち、前方で向かって右向きにかがんだ女性がこれを振り返るのみの簡潔な図様である。立ち姿の女性は、やや俯き加減で視線を下に落とし、下方におろした左腕で小袖の端を持っている。肩から足許にかけて身体は大きな弧を描き、向かって斜め左を向いている。頭髪には簪を多く挿し、白い花びら模様のあるうす青色の着物に細い帯を前で結ぶ。寛いだ姿で羽織った小袖は鼠色地に扇散らしの文様で、金泥の輪郭線で括られた桧扇からは実際に赤と緑の飾り糸が垂れ下がっている。裾には葵の模様もみえる。 かがんでいる女性は膝を横座りに折り、腰をやや前方にかがめて肩を後方にねじる。右肘を曲げて膝の上に置き、左肘は、手首を折り曲げて、手の甲をやや開いた口元にあてがい、首をねじって背後に立つ女性のほうを見やる。菖蒲革の褄模様の赤地の小袖を着し、茶色のうすものを上に重ね、背で結んだ青地の帯を垂らしている。 すらりとした長身の前者と、体を折り畳んでねじり、指先にも緊張感を漂わせる後者の対比が、人物画としても充実した表現を実現している。傾けた首、かがんだ体躯の形には北斎特有の誇張された形態感覚がうかがえるが、未だ「酔余美人図」ほど顕著ではなく、構図を引き締めつつも自然さを失っていない。彩色も精緻で、鮮やかな色彩を要所に点じており、洗練された色彩感覚を示す。本図と同一款記を有する類品も他に知られているが、本図は精細さ等において優れているといえよう。 北斎の数ある肉筆画のなかでも、「亀毛蛇足」印のある作品は、高く評価されているものが多い。同印の使用は、享和三年(一八〇三)の狂歌本『月微妙【つきくわし】』がはやいとされるが、それ以前にも用いられていたと思われる。同印使用の下限としては、文化十年(一八一三)制作の「鯉魚図」(埼玉県立博物館)に印を門人に譲ると記されていることから、この時期までは用いられていたとされる。同印のある作例はこれまでに約六〇点が知られており、長方郭が次第に欠損してゆくことも指摘されているが、本図にみる印影は鮮明で、欠失も左辺上部と右辺下部のみであることから、かなり早い時期のものとみられる。つまり、「亀毛蛇足」印の欠損がさらに進んだ「釣狐図」が制作された文化三年(一八〇六)より遡る四十歳代前半頃の作であろう。 本図の丹念で上品な出来映えは、特別の注文に応じた渾身の作と思わせるものがある。伝来は不明であるが、表装裂の一文字に三つ葉葵紋があることは、示唆的といえよう。葛飾北斎の代表作として、また、浮世絵絵師たちが競って健筆を揮った華やかな肉筆美人画にあって、勝川春章、喜多川歌麿に伍して独自の位置を占める美人画として、高く評価される。