国宝・重要文化財(美術工芸品)
 主情報
名称 銅造薬師如来坐像(鶴岡八幡宮伝来)
ふりがな
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員数 1躯
種別 彫刻
日本
時代 鎌倉
年代
西暦
作者
寸法・重量
品質・形状
ト書
画賛・奥書・銘文等
伝来・その他参考となるべき事項
指定番号(登録番号) 03437
枝番 00
国宝・重文区分 重要文化財
重文指定年月日 1993.06.10(平成5.06.10)
国宝指定年月日
追加年月日
所在都道府県 神奈川県
所在地 鎌倉国宝館 神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-1
保管施設の名称 鎌倉国宝館
所有者名 寿福寺
管理団体・管理責任者名 鎌倉市

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解説文:
 鶴岡八幡宮の回廊東南隅にあった座不冷壇所【ざさまさずのだんしよ】に伝来し、明治初年の神仏分離に際して寿福寺に移された薬師如来像である。左手に薬壺をもつ像容は薬師如来に通例の姿であるが、腹前に近い位置で仰掌する左手の構えや、内衣を表し、左袖縁を装飾的に折り畳み、右袖には波状のうねりをつける処理に特色がある。
 両足部を含み頭躰を一鋳とし、像内は中空で、銅厚は〇・五~〇・九センチと薄く、均一に鋳上げられている。両手首先は別鋳とする。現在、表面は後補の漆箔に覆われるが製作当初は鍍金仕上げであったとみられる。
 頬の丸く張った面部の輪郭、厳しさのある表情、面部をうつむけ、上躰をゆったりと構えた体勢や著衣の制は、運慶一門により建暦二年(一二一二)頃に造像された興福寺北円堂弥勒仏坐像(国宝 昭二六・六・九)に通じるところがある。原型はおそらく慶派仏師によるものであろう。
 『吾妻鏡』建暦元年(一二一一)十一月十六日条によれば北条政子発願の金銅三尺薬師三尊が同日供養され、鶴岡神宮寺に安置されたことが知られる。本像は近世にはこの政子発願像の中尊にあたるとされており、作風から本像の製作の時期もその頃と考えられる。所伝のとおり本像が政子発願像にあたる可能性は高い。
関連情報
    (情報の有無)
  附指定 なし
  一つ書 なし
  添付ファイル なし