国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財
主情報
名称
:
吉良川御田八幡宮神祭のお舟・花台行事
ふりがな
:
きらがわおんだはちまんぐうじんさいのおふね・はなだいぎょうじ
吉良川御田八幡宮神祭のお舟・花台行事
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種別1
:
風俗慣習
種別2
:
祭礼(信仰)
その他参考となるべき事項
:
公開日:毎年10月第二土、日曜日(選択当時・お出掛けの際は該当する市町村教育委員会などにご確認ください)
選択番号
:
選択年月日
:
2014.03.10(平成26.03.10)
追加年月日
:
選択基準1
:
(一)由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの
選択基準2
:
選択基準3
:
所在都道府県、地域
:
高知県
所在地
:
保護団体名
:
御田八幡宮秋の例祭保存会
吉良川御田八幡宮神祭のお舟・花台行事
解説文:
詳細解説
本件は、高知県室戸市吉良川町に鎮座する御田八幡宮の秋の例祭で、お舟と呼ぶ1基の船型の山車と花台と呼ぶ4基の山車が町内を巡行するものである。
行事は、1日目の宵宮と2日目の昼宮からなり、年齢に応じて役割が決められる若衆(わかいし)と呼ばれる組織によって担われる。
宵宮では、昼に花台が町内を巡行し、夜には御田八幡宮の境内で提灯を灯した花台を担ぎ上げて勢いよく回すチョーサイ舞などが奉納される。
昼宮では、早朝からお舟を先頭に4基の花台が御田八幡宮まで巡行する。お舟には海水や海の小石が祀られ、花台には花と呼ばれる数千本の造花が飾り付けられている。御田八幡宮の境内に着くと、お舟と花台を担ぎ上げてゆっくりと回す笹舞が奉納される。その後、浜に設けられた御旅所まで神輿が渡御すると、お舟と花台も付き従い、御旅所で笹舞が奉納された後、花台に飾りつけられた花が縁起物として人々に配付される。神輿が還御した夜には、再び境内で花台のチョーサイ舞などが奉納される。(※解説は選択当時のものをもとにしています)
関連情報
(情報の有無)
添付ファイル
なし
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吉良川御田八幡宮神祭のお舟・花台行事
吉良川御田八幡宮神祭のお舟・花台行事
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解説文
本件は、高知県室戸市吉良川町に鎮座する御田八幡宮の秋の例祭で、お舟と呼ぶ1基の船型の山車と花台と呼ぶ4基の山車が町内を巡行するものである。 行事は、1日目の宵宮と2日目の昼宮からなり、年齢に応じて役割が決められる若衆(わかいし)と呼ばれる組織によって担われる。 宵宮では、昼に花台が町内を巡行し、夜には御田八幡宮の境内で提灯を灯した花台を担ぎ上げて勢いよく回すチョーサイ舞などが奉納される。 昼宮では、早朝からお舟を先頭に4基の花台が御田八幡宮まで巡行する。お舟には海水や海の小石が祀られ、花台には花と呼ばれる数千本の造花が飾り付けられている。御田八幡宮の境内に着くと、お舟と花台を担ぎ上げてゆっくりと回す笹舞が奉納される。その後、浜に設けられた御旅所まで神輿が渡御すると、お舟と花台も付き従い、御旅所で笹舞が奉納された後、花台に飾りつけられた花が縁起物として人々に配付される。神輿が還御した夜には、再び境内で花台のチョーサイ舞などが奉納される。(※解説は選択当時のものをもとにしています)
詳細解説▶
詳細解説
吉良川御田八幡宮神祭のお舟・花台行事は、高知県室戸市吉良川町に鎮座する御田八幡宮の秋の例祭で、神輿の渡御に合わせてお舟と呼ばれる船型の山車1基と花台と呼ばれる山車4基が町内を巡行し、五穀豊穣や家内安全などを祈願する行事である。 吉良川町は、高知県の東部、太平洋に面し、背後に500メートル前後の山々を控えた地域で、近世以来、周辺の山林で産する木材や薪炭を大坂や京都に移出する積み出し港として発展してきた。 御田八幡宮は、明応5(1496)年の棟札も残る神社で、吉良川町の中央部に鎮座し、吉良川町の傍士、上町、東町、中町(下町)、西町の5地区を氏子域とする。秋の例祭は、神祭とも呼ばれ、傍士がお舟をだし、上町、東町、中町、西町が花台をだす。この行事の起源ははっきりしないが、かつて吉良川町北部の北村という場所から現在地へご神体を船に乗せて移した様子を再現したのがこの行事であるといわれている。 花台の巡行は、各地区の若衆が行う。若衆は、集会所を宿とし、15歳前後で加入して30歳前後ないしは結婚後3年ほどで脱会する組織で、行事全体を指揮する筆頭小頭、巡行の指揮を執る小頭、小頭の指示で巡行や雑用を行う小若衆などがいる。また脱退すると兄若衆となって地区から祝儀を集め、その上の中興、後見になると神輿を担ぐ。また各宿には若衆の活動を見守る宿親がいる。 花台は、周囲に胴幕を張った台車に櫓を2つ載せたような二層構造で、高さは4メートルほどになる。各層に朱塗りの勾欄をつけ、周囲には130個ほどの提灯を吊す。天井には五色の天幕を張り、内部に鋲打太鼓を1台吊す。正面中央には笹を斜め前方に立て、祝儀を出した人の名を記した紙をさげる。花台の重さは1トンほどで、曳く時は10人前後で、担ぐ時は40人ほどが交代で行う。花台が宿から出発する時は全員で唄を歌う。また、巡行は小頭が東西南北・海山で方向を指示し、花台に乗り込んだ者が太鼓を叩きながら唄を歌う。 お舟は、舳と艫が大きく反り返った長さ約5メートルの朱塗りの舟で、周囲に胴幕、天井に紅白の天幕を張る。内部の神棚には満潮時に海から拾ってきた小石を祀り、艫に吊した桶にも小石と海水を入れる。お舟が宿から出発する時や巡行中は舟唄が歌われる。 行事は、1日目の宵宮と2日目の昼宮からなる。宵宮は、お舟は出ず、花台だけが出る。花台は、地区の形成された順とされる上町、東町、中町、西町の順で、吉良川町の西外れまで巡行する。そして夕方までに御田八幡宮に集合して提灯を灯し、1基ごとに拝殿前に進み出て高々と担ぎ上げて勢いよく回転させる。これをチョーサイ舞という。各花台のチョーサイ舞の奉納が終わると、傍士の人々が拝殿で舟唄を奉納する。 昼宮は、早朝から各花台に花を飾りつける。花は長さ1.5メートルほどの竹ひごに紅白の色紙を巻いたもので、1基に約2,000本つけられる。かつては毎年花をつけたが、現在は経済的負担もあり、隔年で行う春の御田祭のない年だけつける。花を飾りつけた花台は傍士の宿に向かう。傍士の宿に四基の花台が揃うと、「神様を迎える」といって全地区の筆頭小頭と小頭が集まって祝宴をする。その後、お舟を先頭に上町、東町、中町、西町の順で御田八幡宮へ巡行する。御田八幡宮では1基ごとに拝殿前に進み出て高々と担ぎ上げてゆっくりと回転させる。これを笹舞という。次いで3基の神輿が御旅所である浜宮に渡御し、お舟と花台もこれに付き従う。神輿が浜宮に遷座すると、お舟と花台は再び1基ずつ笹舞を奉納する。神輿が還御すると、お舟は傍士に戻り、花台はその場で見物人に花を配る。花は御利益があるといわれて神棚や床の間などに供えられる。その後、花台は御田八幡宮へ向かい、夜は再びチョーサイ舞を奉納する。最後に花台に立てていた笹は、海や川に流される。(※解説は選択当時のものをもとにしています)