国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
飛鳥京跡苑池
ふりがな
:
あすかきょうあとえんち
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詳細解説表示▶
種別1
:
史跡
種別2
:
名勝
時代
:
古代
年代
:
西暦
:
面積
:
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
138
特別区分
:
特別以外
指定年月日
:
2003.08.27(平成15.08.27)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
二.都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡,八.旧宅、園池その他特に由緒のある地域の類,一.公園、庭園
所在都道府県
:
奈良県
所在地(市区町村)
:
高市郡明日香村
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
詳細解説
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
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詳細解説
飛鳥京跡苑池は飛鳥川右岸の河岸段丘上に立地し、史跡伝飛鳥板蓋宮跡の西北に接する。大正5年(1916)には、この付近から「出水の酒船石」と呼ばれる石造物が2基出土している。その出土地点付近から北方にかけて発掘調査を実施した結果、幅約5mの陸橋状の渡堤をはさみ、周囲に石積みの護岸をめぐらせた南北2つの池と、北に延びる排水路からなる飛鳥時代の苑池遺構を検出した。 南池は東西、南北ともに60mほどの規模で、深さは約1.5mである。北に開く扇形を呈し、底には平らな石を敷き並べ、岸周辺は傾斜をもち、礫敷きとなる。池の中央には6m×11mの範囲で島状の石積みが認められ、その北には東西長32m、南北幅6mほどで、張り出しをもつ中島がある。池内では柱根や柱抜取穴を検出し、岸から張り出す縁台状の施設があったとみられる。池の南側からは 大正5年発見石造物の抜取穴のほか、新たに2基の石造物を検出した。1基は池南岸近くにあり、内部を刳り抜いて槽状にしたもので、もう1基は西北方約5mの池内にあり、上部に横方向の孔を貫通させる。これは池に噴水をする施設と考えられる。北池は、南北約55m、東西約35mの規模と推定され、底は南池より約2m深く、石をやや乱雑に敷き詰める。渡堤では、南池と北池間の通水を図るための木樋を2箇所で検出した。北池からは、さらに北に抜ける幅約6mの石積みの水路があり、これは約100m北で西折し、飛鳥川へと連なるものと推定される。なお、南池の東南方では東南隅を画する掘立柱塀を確認しており、苑池の範囲は南北約280m、東西約100mに及ぶ。年代は、出土遺物から7世紀中葉に造営され、7世紀後葉に改修を加えた後、10世紀に至るまで連綿と維持・管理されていたと考えられる。 出土遺物には土器、瓦、木製品、斎串、木簡等がある。木簡の内容は、薬に関するもの、付札、文書木簡等多彩で、年代も7世紀中頃から8世紀初頭まで確認できることから、周辺から長期にわたって投棄されたものと考えられる。 飛鳥京跡苑池の南北2つの池は、それぞれ形態や構造、意匠を異にしている。南池が少なくとも3つの石造物を有する断面が皿状になる石貼りの浅い池で、中島や島状の石積みをもつなど観賞用の池という色彩が強いのに対し、北池は底が深く、底面も平らであるなど実用的な性格が強いものとなっている。特に南池は本格的に庭園の全体がわかる最古のもので、鑑賞施設なども検出しており、貴重なものである。飛鳥京跡苑池は、飛鳥地域の苑池や方形池の中でも最も規模が大きく、構造も複雑である。位置的にみても、すぐ東側に位置する歴代の宮殿と密接に結びついた施設であると考えられる。このように、飛鳥京跡苑池は飛鳥時代の政治、文化を知る上で極めて重要な遺跡であるとともに、我が国における庭園の変遷を知る上でも重要である。よって、史跡・名勝に指定し保護を図ろうとするものである。