国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
宇治川太閤堤跡
ふりがな
:
うじがわたいこうつつみあと
全景
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種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
年代
:
西暦
:
面積
:
23683.48 m
2
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
113
特別区分
:
特別以外
指定年月日
:
2009.07.23(平成21.07.23)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
2016.10.03(平成28.10.03)
指定基準
:
六.交通・通信施設、治山・治水施設、生産施設その他経済・生産活動に関する遺跡
所在都道府県
:
京都府
所在地(市区町村)
:
宇治市莵道丸山・宇治乙方・槇島町大島
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
全景
解説文:
詳細解説
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
添付ファイル
なし
写真一覧
全景
堤防遺構
宇治川太閤堤跡全景 宇治川下流から上流を望む かつての砂州には茶畑が広がる
石積み護岸全景 護岸の一工法「石積み護岸」 長さ85mにわたる、石積みの護岸
石積み護岸 石張りの状況 石積みの上部には、板状割石を丁寧に張り付けている
石出し1全景 石出しは、水制と呼ばれる水流を緩和するための施設
杭止め護岸全景 護岸の一工法「杭止め護岸」 長さ35mにわたる、杭止めの護岸
杭止め護岸部分 杭などで垂直に造りあげた護岸形態
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全景
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堤防遺構
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宇治川太閤堤跡全景 宇治川下流から上流を望む かつての砂州には茶畑が広がる
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石積み護岸全景 護岸の一工法「石積み護岸」 長さ85mにわたる、石積みの護岸
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石積み護岸 石張りの状況 石積みの上部には、板状割石を丁寧に張り付けている
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石出し1全景 石出しは、水制と呼ばれる水流を緩和するための施設
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杭止め護岸全景 護岸の一工法「杭止め護岸」 長さ35mにわたる、杭止めの護岸
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杭止め護岸部分 杭などで垂直に造りあげた護岸形態
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詳細解説
宇治川太閤堤跡は、京都盆地東部に流れ出る宇治川の右岸に、豊臣秀吉によって築造された堤跡である。豊臣秀吉は、文禄3年(1594)に完成した伏見城築城を契機として、宇治川・淀川等の付け替えなど大規模な治水工事を行った。宇治川はそれまで宇治橋下流から分流して北西方に流れて巨椋(おぐら)池(いけ)に合流していたが、北方に流れる流路にまとめられ、伏見城下に導かれた。検出された堤の遺構には、護岸と水流を調節する水制がある。護岸は直線的に約400m続くと考えられる。護岸は本来の地形を反映し、工法を変えて造られている。水制には石出しと杭出しがある。石出しはほぼ90m間隔で3ヶ所確認している。平面は台形状を呈し、川側の前面は緩やかな曲線を描く。側面は石垣を積み、石垣内部は割石を充填し、城郭の石垣を思わすような威容を呈する。 このように、宇治川太閤堤跡は、16世紀末に築造されたのち氾濫のため埋没し、近代に新たに現堤防が築かれたため河川範囲から外れて極めて良好な状況に保存された。そのため、豊臣秀吉が行った伏見城築城を契機とした淀川水系の治水・交通に関する施策と土木技術を具体的に示す遺跡として極めて重要である。
関連情報
指定等後に行った措置
2016.10.03(平成28.10.03)
関連情報
指定等後に行った措置
異動年月日
:
2016.10.03(平成28.10.03)
異動種別1
:
追加指定
異動種別2
:
異動種別3
:
異動内容
: