国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
宇摩向山古墳
ふりがな
:
うまむかいやまこふん
全景
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種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
年代
:
西暦
:
面積
:
4359.76 m
2
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
140
特別区分
:
特別以外
指定年月日
:
2011.09.21(平成23.09.21)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
一.貝塚、集落跡、古墳その他この類の遺跡
所在都道府県
:
愛媛県
所在地(市区町村)
:
愛媛県四国中央市
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
全景
解説文:
詳細解説
東西70m、南北54mの墳丘に2基の横穴式石室をもつ四国最大の長方形墳である。横穴式石室についてもともに全長10m以上であり、四国最大級の規模を誇る。7世紀前半の古墳とされ、当該地域においては最後の大規模古墳である。
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
全景
1号石室
1号石室・2号石室
石室
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全景
写真一覧
1号石室
写真一覧
1号石室・2号石室
写真一覧
石室
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解説文
東西70m、南北54mの墳丘に2基の横穴式石室をもつ四国最大の長方形墳である。横穴式石室についてもともに全長10m以上であり、四国最大級の規模を誇る。7世紀前半の古墳とされ、当該地域においては最後の大規模古墳である。
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詳細解説
宇摩向山古墳は、四国の瀬戸内側ほぼ中央部の宇摩平野東部を二分する河川、金生川の東岸に位置し、標高20m程度の丘陵の先端部に立地しており、1つの墳丘に2基の横穴式石室をもつ7世紀前半の長方形墳である。 平成15年から平成21年度まで、川之江町教育委員会(四国中央市教育委員会)が実施した範囲と内容を確認するための発掘調査により、墳丘規模が南北46メートルであることが確認され、東西は約70メートルと推定される長方形墳である。この規模は、長方形墳としても四国最大となるものである。なお、墳丘の南辺と北辺には幅5メートル前後、深さ2メートル前後の周濠が巡らされ、西側には人工的に造成されたと考えられる平坦面を確認している。 南に開口する2基の横穴式石室はともに10メートル以上を測り、いずれも愛媛県内最大級の石室である。中でも、現在半埋没状態の2号石室は全長14.3メートル以上、玄室高3.8メートルを測る巨大な石室で、これまで、四国地域において知られている横穴式石室で最大規模のものである。1号石室も全長10.8メートル、玄室長3.9メートル、玄室幅2.5メートル、玄室高2.6メートルと大型である。 石材は中央構造線外帯で算出される結晶片岩が用いられており、両石室を併せて数百トンを超える巨大な石材を、遠隔地から搬入していることがわかる。また、両石室は正確に平行するように構築されており、かつ両石室の床面の標高が同じであることから、築造当初から計画的に2基の石室を配したと考えられる。 宇摩向山古墳の築造時期を示す情報は少ないが、1号石室出土と伝えられる須恵器などから、7世紀前半と推定される。この時期になると、全国的に見ても前方後円墳の築造はほとんどなく、40メートル級の円墳あるいは方墳でも最大級という状況において、宇摩向山古墳はそれをしのぐ墳丘規模を有している。埋葬施設については未だ十分な調査はなされておらず、被葬者像に迫る情報はないものの、四国最大の長方形墳が当該地域に築造されたことは、古墳時代終末期における大和政権と当該地域との関係や政治状況を考える上で極めて重要である。また、古墳時代後期から終末期にかけての四国東部においては一墳丘二石室の古墳が多く見られ当該地域の独自性を示す代表例として重要である。