史跡名勝天然記念物
 主情報
名称 : 多田銀銅山遺跡
ふりがな : ただぎんどうざんいせき
多田銀銅山遺跡(代官所跡 全景)
写真一覧▶ 地図表示▶ 解説表示▶
種別1 : 史跡
種別2 :
時代 : 平安中期~昭和
年代 :
西暦 :
面積 : 204233.62 m2
その他参考となるべき事項 :
告示番号 : 68
特別区分 : 特別以外
指定年月日 : 2015.10.07(平成27.10.07)
特別指定年月日 :
追加年月日 : 2026.02.17(令和8.02.17)
指定基準 : 二.都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡,六.交通・通信施設、治山・治水施設、生産施設その他経済・生産活動に関する遺跡
所在都道府県 : 兵庫県
所在地(市区町村) : 兵庫県川辺郡猪名川町
保管施設の名称 :
所有者種別 :
所有者名 :
管理団体・管理責任者名 :
多田銀銅山遺跡(代官所跡 全景)
写真一覧
地図表示
解説文:
大阪平野中心部から北約20km,十数km四方の範囲に所在する銀銅鉱石の採掘から製錬を行った遺跡。平安時代末期に採掘が開始され,昭和48年(1973)の閉山までの間,採掘の場所や規模及び主体者を変えながらも,ほぼ継続的に銀・銅の採掘が行われた。寛文元年(1661)には幕府の直山(じきやま)となり,銀山地区に代官所と4つの番所が置かれ,鉱山の管理が行われた。寛文4年(1664)には銀3600貫目,銅75万斤を産出し,「銀山三千軒」といわれるほどの賑わいを見せた。また,大坂などの都市に近接する鉱山として最先端の製錬技術が採用され,その技術は生野(いくの)銀山にも伝えられた。
豊富に残されている史料や複数の絵図からは,代官所や番所などの諸施設の構成や鉱石の採掘を行った間歩(まぶ)の分布状況だけではなく,銀,銅の採掘から製錬に至るまでの技術が判明している。また,代官所などの施設の遺構,間歩などの採掘遺構,焼窯(やきがま)などの製錬関係の遺構も良好な状態で遺存している。江戸から明治時代に至るまでの鉱山の在り方や産業技術史を考える上でも重要である。最盛期における生産の中心であり,かつ鉱山全体の管理を行っていた銀山地区のうち,条件の整った範囲を史跡に指定する。
関連情報
    (情報の有無)
  指定等後に行った措置 なし
  添付ファイル なし