国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
与論城跡
ふりがな
:
よろんじょうあと
1 与論城跡 伝 龍頭~琴平神社の石垣(北より) (与論町提供)
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種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
近代
年代
:
西暦
:
面積
:
25850.0 m
2
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
23
特別区分
:
指定年月日
:
2025.03.10(令和7.03.10)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
二.都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡
所在都道府県
:
鹿児島県
所在地(市区町村)
:
鹿児島県大島郡与論町
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
1 与論城跡 伝 龍頭~琴平神社の石垣(北より) (与論町提供)
解説文:
詳細解説
14世紀前半~中頃築造の最北端の大型琉球式グスク跡。南方社会の実態を知る上で重要。
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
1 与論城跡 伝 龍頭~琴平神社の石垣(北より) (与論町提供)
2 与論城跡 全景(南西より)(与論町提供)
3 与論城跡 伝龍の頭と崖下の石垣3 (北西より)(与論町提供)
4 与論城跡 地区3トレンチ4台地部分南端の石垣裏込め検出状況(西より)(与論町提供)
5 与論城跡 地区9トレンチ13遺構(SP)調査後状況(南西より)(与論町提供)
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1 与論城跡 伝 龍頭~琴平神社の石垣(北より) (与論町提供)
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2 与論城跡 全景(南西より)(与論町提供)
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3 与論城跡 伝龍の頭と崖下の石垣3 (北西より)(与論町提供)
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4 与論城跡 地区3トレンチ4台地部分南端の石垣裏込め検出状況(西より)(与論町提供)
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5 与論城跡 地区9トレンチ13遺構(SP)調査後状況(南西より)(与論町提供)
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解説文
14世紀前半~中頃築造の最北端の大型琉球式グスク跡。南方社会の実態を知る上で重要。
詳細解説▶
詳細解説
与論城跡は、標高93mの琉球石灰岩の台地の縁辺部から断層崖下までの比高差70mの急斜面とその間の平坦面に立地する最北端の琉球式グスク跡。発掘調査の結果、沖縄においてもグスクの整備が始まる14世紀前半~中頃に台地部分の造成と石垣の構築が開始され、沖縄本島において三山と明との交易が活発化した時代から尚巴志による三山統一が行われる14世紀後半~15世紀中頃に、崖下部分の造成や石垣や建物の構築が行われ、現在の城域が整備されたと考えられる。 そして、第二尚氏による中央集権化が進められ、琉球王国の勢力が拡大していく15世紀後半~16世紀に、城としての機能が急激に低下し、薩摩による琉球侵攻が行われる17世紀以前に廃絶する。 与論城跡は、境界領域の城郭として、明、琉球、奄美、薩摩などによる東シナ海域の歴史的な状況の変化に連動し、築城され、変遷を遂げた城郭であったと言え、当時の南方社会の実態を知る上でも重要である。また、保存状態も良好で、築城技術には琉球の影響が強く認められるなど、琉球式グスクの築城技術の伝播を知る上でも重要である。