史跡名勝天然記念物
 主情報
名称 天赦園
ふりがな てんしゃえん


天赦園
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種別1 名勝
種別2
時代
年代
西暦
面積
その他参考となるべき事項
告示番号 30
特別区分 特別以外
指定年月日 1968.05.20(昭和43.05.20)
特別指定年月日
追加年月日
指定基準 一.公園、庭園
所在都道府県 愛媛県
所在地(市区町村) 宇和島市天赦公園
保管施設の名称
所有者種別
所有者名
管理団体・管理責任者名


天赦園
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解説文:
 宇和島城の西部に接する旧浜御殿の敷地の一部にあり、第7代宇和島藩主伊達[[宗紀]むねただ]の退隠の居所潜淵館の建築と同時に文久3年(1862)に勘定奉行の釆配によって築造されたものである。初代藩主秀宗は、仙台藩主伊達政宗の長子であって当藩主となったが、天赦園の名は、政宗が退隠のときの詩の一句(「残躯ハ天ノ縦ストコロ」)からとったものという。潜淵館は明治29年に取り払われ、その跡は今は芝生となっている。
 広い池を主体とする庭園で、岬・入江・曲浦など屈曲の多い汀線で囲まれた池に一小島を置き、池辺の要所の石組には多く和泉砂岩の海石を用いてある。池の東部は延びて枯流(玉石敷)としてある。園の周囲はクロマツ・クス・ウバメガシ等の常緑樹で外景を遮断し、園内には、各種多様の暖温帯性植物が植栽されており、ビロウのごときも庭樹として用いられているが、中でもタケとフジの種類が多く本園独特の風致を生み出している。
 作庭年代は比較的新しいが、全体の意匠と細部の技法にみるべきものがあり、かつ庭景の変化が豊富であって廻遊式庭園の特色をよく表現している。鴨場などの実用的施設も残存し、小規模ながら江戸末期における大名庭(だいみょうにわ)の形態もとどめている。伊達宗彰氏の所有である。
関連情報
    (情報の有無)
  指定等後に行った措置 なし
  添付ファイル なし