史跡名勝天然記念物
 主情報
名称 比企城館跡群
 菅谷館跡
 松山城跡
 杉山城跡
 小倉城跡
ふりがな ひきじょうかんあとぐん すがややかたあと まつやまじょうあと すぎやまじょうあと おぐらじょうあと
杉山城跡主要部遠景
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種別1 史跡
種別2
時代
年代
西暦
面積 421519.9 m2
その他参考となるべき事項
告示番号 91
特別区分 特別以外
指定年月日 1973.05.26(昭和48.05.26)
特別指定年月日
追加年月日 2017.10.13(平成29.10.13)
指定基準 二.都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡
所在都道府県 埼玉県
所在地(市区町村) 比企郡嵐山町
保管施設の名称
所有者種別
所有者名
管理団体・管理責任者名
杉山城跡主要部遠景
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解説文:
 昭和48年5月26日史跡指定した菅谷遺跡については、当時指定管理方針が確定していなかったため東側の堀跡の一部が未指定に終わったが、昭和51年12月、埼玉県が史跡用地として管理することが決定したので、追加指定する。
 鎌倉時代の有力御家人として著名な畠山重忠の館跡である。重忠は、父重能の代から大里郡畠山荘の荘司であり、はじめ同荘内に館を置いていたが、やがて鎌倉街道の要衝にあたる菅谷に移って館を構えたもので、元久2年(1205)重忠が死去したあとは、畠山の名跡を継いだ足利義純の子孫に伝えられた。
 館跡は都幾川と槻川の合流点北側にあり、中央やや南寄りに、長方形の本丸を置き、その北側に二の丸・三の丸などを配置し、各郭を土塁・堀で防備している。郭の配置や土塁の構築法には近世的な平城の特徴がうかがえるが、本丸は単郭式の館の面影をとどめており、鎌倉時代の菅谷館の中心部分と思われる。中世館跡の遺構として数少ない遺跡であり、保存度もきわめてよい。
関連情報
    (情報の有無)
  指定等後に行った措置
  添付ファイル なし