世界遺産
 主情報
名称 原爆ドーム
ふりがな げんばくどーむ
構成資産 原爆ドーム
登録基準1
登録基準2
登録基準3
登録基準4
登録基準5
登録基準6 「広島平和記念碑(原爆ドーム)」は、かつて人類によって創り出された最大の破壊力の爆裂の後に、半世紀以上にもわたって世界平和の達成をありのままに表してきた強力な象徴である。
所在都道府県 広島県
所在地(市区町村) 広島市
解説文:
 原爆ドームは広島県の物産の改良増進を図り、産業の発展に貢献する目的で、大正4年4月に建設された広島県物産陳列館で、チェコの建築家ヤン・レツルが設計したものです。北方の中国山地から広島湾へと流れる太田川が形成したデルタ上、太田川(本川)と元安川の分岐する地点が建設場所に選ばれ、その河岸約2,310平方メートルを埋め立て、旧広島藩の米倉と民有地を整地して加え、全体で約3,200平方メートルを敷地として使用していたといわれます。  建物は、煉瓦と鉄筋コンクリートで作られた3階建てで、正面中央階段室を5階建てドームとし、一部に地階を有していました。屋根のドーム部分は銅板葺、そのほかはスレート葺とし、ドーム先端までの高さはおよそ25メートル、建築面積はおよそ1,002平方メートルでした。また、噴水池をもつ洋風庭園や、四阿をもつ和風庭園も整備されていました。  建物は原爆の爆心地から北西約160メートルの至近距離にあり、熱線と爆風を浴びて大破、全焼しました。しかし、爆風が上方(爆発点高度約580メートル)からほとんど垂直に働いたため、ドーム中心部は奇跡的に倒壊を免れたと考えられています。「原爆ドーム」という呼び名は、建物の頂上天蓋の残骸が傘状になっている姿から「いつ、ころからともなく、市民の間から誰ということもなく自然に言い出された」といわれています。
構成資産
  原爆ドーム