国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
木造釈迦如来及両脇侍像(三門安置)
ふりがな
:
もくぞうしゃかにょらいおよびりょうきょうじぞう(さんもんあんち)
解説表示▶
員数
:
3躯
種別
:
彫刻
国
:
時代
:
江戸
年代
:
西暦
:
作者
:
康猶
寸法・重量
:
品質・形状
:
ト書
:
中尊像内に元和六年十二月、七条大仏師法眼康猶の銘がある
画賛・奥書・銘文等
:
伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
3571
枝番
:
1
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2010.06.29(平成22.06.29)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
京都府
所在地
:
保管施設の名称
:
所有者名
:
知恩院
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
詳細解説
知恩院三門(国宝)階上に安置される群像で、像内銘により元和六年(1620)から翌年にかけて七条仏所の嫡流、康猶とその一門が造ったことが知られる。江戸彫刻の成立期と目されながら遺品に恵まれない元和期の代表作として評価される。
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
一つ書
なし
添付ファイル
なし
解説文
知恩院三門(国宝)階上に安置される群像で、像内銘により元和六年(1620)から翌年にかけて七条仏所の嫡流、康猶とその一門が造ったことが知られる。江戸彫刻の成立期と目されながら遺品に恵まれない元和期の代表作として評価される。
詳細解説▶
詳細解説
元和五年(一六一九)から同七年にかけて、徳川秀忠を檀那として建立された知恩院三門(国宝)の二階に安置される群像である。その製作については仏師系図の記載により七条仏所【しちじょうぶっしょ】二二代康猶【こうゆう】の手になることが知られていたが、このたび調査で釈迦像内頭部に「七条大仏師/法眼康猶/元和【申】六年/拾弐月吉日」という墨書銘が見出されてこのことが確認された。十六羅漢のうち第三尊者と第七尊者にはそれぞれ翌月および翌七年二月の年紀があり、本群像の造立が三門の造営と並行して行われたことがわかる。康猶は帝都守護の御影として知恩院に安置するための等身の秀忠寿像(現存)を元和六年四月に完成させており、本群像はこれに引き続いての製作となる。 康猶は父康正【こうしょう】が大仏師を務めた慶長七(一六〇二)~九年の教王護国寺金堂薬師三尊像(重要文化財)の造像で中尊台座の十二神将のうち四軀を担当し、元和三年の日光山東照宮三所権現像ならびに同本地堂薬師三尊像ほかを造立して以来、江戸幕府関係の造像を手掛け、東叡山御神体ならびに寛永寺諸像、日光における家康遠忌の御忌仏、紅葉山、水戸ほか諸国東照宮の御神躰などを造ったが寛永九年(一六三二)、四七歳で没した。遺品としてほかに慶長十九年の大分禅源寺釈迦如来坐像および寛永六年の京都六波羅蜜寺奪衣婆像が知られる。 第三尊者像銘に名が記される治部卿康如【こうにょ】は康正の弟、康理の後継者として仏師系図に名が出る仏師であるが、同像の作風は他の羅漢像と差が認められず、背面腰の衣文などをみると釈迦像に類しており、そこには康猶を統率者とする工房の統一された様式がうかがえる。なお羅漢像の衣には各種鳥獣が細密な筆致で描かれており、麒麟や龍、摩羯魚などは三門の梁や柱に描かれるものと共通することが注意される。 中央壇上に安置される釈迦像は髻を結い法界定印を結ぶいわゆる宝冠釈迦で、岩上の草座に結跏趺坐【けっかふざ】し、左右に善財童子と月蓋長者を配す。羅漢は正面左右壁から東西壁にかけて設けた壇上に並べ安置される。その図像は全体の構成から各像の細部形式まで、東福寺三門の階上に安置される宝冠釈迦及諸尊像と一致し、衣文のたたみ方なども同群像のものがよく踏襲されている。ただし釈迦は東福寺像のいかにも室町彫刻らしい癖の強い造形とはかなり趣が異なり、各部の均衡を得た四肢の構成や面長の顔立ち、両足部の衣文のあしらいなどに教王護国寺薬師像のそれを継承しつつ、同像の四角張った剛直さをやわらげ表現を整理した感がある。一方、羅漢像は東福寺像と比べて衣の褶襞の起伏がきつく、各部の輪郭線を単純化しかつ立ち上がりを強くしており、その表現には大味さも否めないものの、異相の羅漢たちのかもし出す奇矯な趣は原像よりむしろ強調されている。 本群像は、遺品の比較的豊富な慶長期と寛永期の間にあって空白期間ともいえる元和期彫刻の代表作と評価される。