国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
銅造如来立像
ふりがな
:
どうぞうにょらいりゅうぞう
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員数
:
1躯
種別
:
彫刻
国
:
時代
:
飛鳥
年代
:
西暦
:
作者
:
寸法・重量
:
品質・形状
:
ト書
:
画賛・奥書・銘文等
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伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
3548
枝番
:
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2008.07.10(平成20.07.10)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
山形県
所在地
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保管施設の名称
:
所有者名
:
湯殿山総本寺大網大日坊
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
詳細解説
出羽三山の一つ湯殿山の麓に所在する大日坊に伝来した金銅仏。左右対称形を基調とする衣文の形や手足を大きく表して直立する姿など飛鳥時代の仏像と共通する形式を示すが、柔和な表情や起伏のある衣の表現には中国・南北朝時代の梁、さらには朝鮮・三国時代の百済の仏像との関連がうかがえる。飛鳥時代の仏像様式の多様性、外来様式の伝播の様相を考えていく上で重要である。
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
一つ書
なし
添付ファイル
なし
解説文
出羽三山の一つ湯殿山の麓に所在する大日坊に伝来した金銅仏。左右対称形を基調とする衣文の形や手足を大きく表して直立する姿など飛鳥時代の仏像と共通する形式を示すが、柔和な表情や起伏のある衣の表現には中国・南北朝時代の梁、さらには朝鮮・三国時代の百済の仏像との関連がうかがえる。飛鳥時代の仏像様式の多様性、外来様式の伝播の様相を考えていく上で重要である。
詳細解説▶
詳細解説
出羽三山の一つ湯殿山【ゆどのさん】の北西麓に所在する大日坊に伝来した金剛仏。頭、体部さらに後頭部の光背支持用枘、両足枘を含んで全容を一鋳で造るが、像内に中型土【なかごつち】を込める「くるみ中型」といわれる鋳造技法によっている。 左右対称形を基調とした衣文構成、裾を左右に張り出した衣の形、手足を大きく表して直立する姿、背面の扁平な造形などは、止利【とり】仏師周辺で造立されたとみられる東京国立博物館・法隆寺献納金銅仏一四九号の如来立像(重要文化財)、その流れをくむ法隆寺献納金剛仏一五〇号の如来立像(重要文化財)や長崎・明星院の如来立像(重要文化財)など飛鳥時代の仏像と共通する。しかし、柔和な表情や起伏のある立体的な衣文表現は、それらの像にはみられない要素であり、むしろ朝鮮・三国時代の百済の仏像との関連性が指摘されている法隆寺献納金剛仏一四三号の如来立像(重要文化財)、さらにその表情や高い肉髻【にっけい】の形は中国・四川省成都市万仏寺址から出土した梁・中大通【ちゅうたいつう】元年(五二九)銘石造如来立像のものともみられる頭部により親近性が感じられる。また、銅に含まれる鉛の同位体比による分析から本像に使用された銅の産地は華北と推定されていることも留意される。このようにその製作地についてはなお今後の検討が必要であるが、本像には、中国の南北朝時代の南朝・梁とその影響の下に造像が展開した朝鮮・三国時代の百済の仏像との関連性が指摘できることは確かであり、製作時期は六世紀から七世紀前半に遡ると考えられる。飛鳥時代の仏像は、現存作例が少ないために、法隆寺を中心とする止利仏師系統の像を主体として把握される傾向が強いが、本像はそれらとは異なる系統の像とみられ、同時代の仏像様式の多様性、さらには外来様式の伝播の様相を具体的に考えていくうえできわめて重要である。 本像の伝来については不明であるが、出羽三山にはかつていくつか金剛仏や渡来仏が伝来し、明治初年の廃仏毀釈の際に散逸したことが知られ、本像のような渡来仏との関連を濃厚に示す金剛仏が当地に伝来した可能性は十分にあり得るといえよう。出羽三山は崇峻【すしゅん】天皇の第三皇子である蜂子皇子(能除【のうじょ】太子)によって開かれたと伝えるが、そうしたきわめて古い時代に設定された開山伝承も本像の存在を考慮すると全く荒唐無稽なものとはいえなくなるように思われる。したがって、本像は出羽三山のもつ文化史的な背景を考えていくうえでも重要な位置にあることは確かである。