国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
銅造釈迦如来坐像康知作(大猷院奥院宝塔安置)
ふりがな
:
どうぞうしゃかにょらいざぞうこうちさく(たいゆういんおくのいんほうとうあんち)
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員数
:
1躯
種別
:
彫刻
国
:
時代
:
江戸
年代
:
承応2年
西暦
:
1653
作者
:
康知
寸法・重量
:
品質・形状
:
ト書
:
画賛・奥書・銘文等
:
伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
3562
枝番
:
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2009.07.10(平成21.07.10)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
栃木県
所在地
:
保管施設の名称
:
所有者名
:
輪王寺
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
詳細解説
徳川三代将軍家光の霊廟である大猷院奥院の青銅宝塔(重要文化財)内に安置。光背・台座まで全て鋳造になり、近世の鋳造仏の中では傑出した出来栄えを示す。記録によると原型は木像で、運慶の流れを汲む七条大仏師康知によって製作されたことが知られる。
関連情報
(情報の有無)
附指定
一つ書
なし
添付ファイル
なし
解説文
徳川三代将軍家光の霊廟である大猷院奥院の青銅宝塔(重要文化財)内に安置。光背・台座まで全て鋳造になり、近世の鋳造仏の中では傑出した出来栄えを示す。記録によると原型は木像で、運慶の流れを汲む七条大仏師康知によって製作されたことが知られる。
詳細解説▶
詳細解説
日光山大猷院廟【たいゆういんびょう】は慶安四年(一六五一)に薨じた徳川家光の遺言により同年より造営が進められ、二年後、承応二年四月の家光三回忌に供養が行われた。御廟内安置の家光像をはじめとする大猷院諸像は仏師康知【こうち】によって造立され、いずれも現存している。本像はそのうち、奥院の青銅宝塔内に祀られる釈迦如来像で、東照宮宝塔に家康の本地ともいう薬師如来の像が安置されたのに倣って造られたとみられる。 本体、光背、台座とも黄銅製。本体は両足部を含み全容を一鋳し、像内は中空とする。頭部では地髪部後頭部にハバキをとり(玉眼はここより嵌入)、蓋板を嵌める。像底にはハバキとり、床板を嵌める。左手首先、右腕を各別鋳とし、前者は袖口に、後者は肩に掛かる衲衣に差し込む。光背は周縁部頂に付く宝塔を別鋳するほか一鋳。台座は反花から框三段を通して一鋳するほかは別段別鋳とし、框各段の格狭間の飾り文も別鋳して貼り付ける。 慶安五年正月、公海により康知に木型の製作が仰せつけられ(「御用覚書」)、鋳造がなると江戸城で、鋳物師椎名吉綱とみられる「兵庫」が松平信綱より小袖二領と黄金五枚を拝領した(「御宮御霊屋御本地仏并御位牌御寸法御銘文字」付記)。椎名吉綱は幕府関係の鋳造物の多くを手掛けたことが知られ、日光での実積も多い。 施無畏、与願印を結ぶ通形で、背筋を伸ばした構えは堂々としており、分厚い体型や深く刻まれた著衣の襞など、鎌倉前期慶派の如来像を思わせる姿であるが、肉取を単純化し、衣褶も条数を減らして、表面の滑らかな感触が強調されている。頬の張りが強く顎下の豊かな面貌は御廟の梵天帝釈天像とも通じ、その整理された明快な造形は康知の作風を示すものであろう。台座、光背も本体とよく調子の合った立体的で力強い表現をみせており、本体と併せてその鋳造品としての仕上がりの見事さも特筆される。 日光山における造像は康猶、康音、康知、康乗と四代にわたる正系七条仏師が手掛け、この間に彼らの手により江戸時代彫刻様式が完成されてゆくさまを遺品からうかがうことができる。本像はその一例であり、近世鋳造仏を代表する作例としても高く評価されよう。 附【つけたり】指定の天蓋は金銅製で、天和三年(一六八三)の地震で相輪が落下したため当初の石塔から現在の銅塔に造り替えられた折の製作になると推定される。
関連情報
附指定
附銅造天蓋
関連情報
附指定
附名称
:
附銅造天蓋
附員数
:
1面
附ト書
: