国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
木造能狂言面
ふりがな
:
もくぞうのうきょうげんめん
解説表示▶
員数
:
30面
種別
:
彫刻
国
:
時代
:
鎌倉~江戸
年代
:
西暦
:
作者
:
寸法・重量
:
品質・形状
:
ト書
:
画賛・奥書・銘文等
:
伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
3603
枝番
:
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2013.06.19(平成25.06.19)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
奈良県
所在地
:
保管施設の名称
:
所有者名
:
天河神社
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
詳細解説
中世以来弁才天の霊地として信仰を集めた天河社における演能に関係した能狂言面30面。半数近くが室町時代以前に遡る古面で、永享2年(1430)観世十郎奉納の銘のある尉面などの重要作例を含み、能面の定型成立を考える上で見逃せない資料群である。
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
一つ書
なし
添付ファイル
なし
解説文
中世以来弁才天の霊地として信仰を集めた天河社における演能に関係した能狂言面30面。半数近くが室町時代以前に遡る古面で、永享2年(1430)観世十郎奉納の銘のある尉面などの重要作例を含み、能面の定型成立を考える上で見逃せない資料群である。
詳細解説▶
詳細解説
天河神社に所蔵される能面二九面と狂言面一面である。天河社は永亨二年(一四三〇)に当社の弁才天女のためにその六「尉【じょう】」が寄進されており(銘)、中世には芸能神として信仰を集めていたことがうかがえる。江戸時代に楽頭職を得て自前の演能が行われたことが知られるが、それ以前にも大和猿楽を招いて能が上演されていたとみられる。 面の種類は宗家伝来面のように定型化していないものが多く、中には当社が楽頭職を得た江戸時代以降の地方的な面も交えるが、半数近くは能面の成立をうかがう上で貴重な、室町時代以前の古作である。 殊に翁系の面は充実しており、その三(「父尉」)のように鎌倉後期に遡る可能性のあるものや、その一(「肉色尉」、天正四年=一五七六)やその二(「三番叟【さんばそう】、延徳二年=一四九〇)、その六(「尉」、永亨二年=一四三〇)など、翁系面の変遷をたどるに足るものが当社に集まっており、それらは作行も優れている。 作者が判明する面は少ないが、その一八「猩々【しょうじょう】」とその九「筋男【すじおとこ】」は京都宇治神社翁面や奈良勝手神社平太など十数面の作品を遺す山田喜兵衛の作である。その一は鼻裏の知せ鉋目【かんなめ】により越前出目家初代満照の作品とみられ、その活動期間を押える手がかりとなる作例である。またその二〇「若女【わかおんな】」は眼の裏の刳込【くりこ】み方など面裏の彫法が、当社にほど近い吉野檜垣本猿楽座の一員であったとみられる檜垣本七郎の作になる勝手神社若女面(明応二年=一四九三)や石川尾山【おやま】神社悪尉面などに近似している。そのほか、焼印より天下一若狭守の作品であることが知られるその八「飛出」や、諸書に名のみえる野田新介(輔)の唯一の現存作例であるその二二などが注目される。 その六「尉」を寄進した観世十郎元雅(生年不詳~一四三二)は前年に父とともに足利義教から仙洞御所での演能を差し止められ、その後巡業中の津で没する。一族は観世結座の地である結崎の近く、越智郷に居住し、越智観世座として続いており、その一「肉色尉」も墨書銘から越智観世の寄進とみられ、越智観世と当社の関係を知る上で見逃しがたい。またその二「三番叟」の裏面刻銘に記す十二又五郎は長谷猿楽十二座の一人とみられる。又五郎はほかに事蹟が知られないが十二五郎康次が世阿弥の恩顧を受けており、越智観世座所属の座衆の一人と考えられる。 奈良地方に遺る古面の一括資料を代表し、世阿弥のころの能楽や能面形成史を考える上でも重要な仮面群である。