国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
絹本著色雪舟等楊像〈雲谷等与筆/〉
ふりがな
:
けんぽんちゃくしょくせっしゅうとうようぞう〈うんこくとうよひつ/〉
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員数
:
1幅
種別
:
絵画
国
:
時代
:
江戸時代
年代
:
寛永十六年
西暦
:
1639
作者
:
雲谷等与
寸法・重量
:
縦83.3センチ 横30.8センチ
品質・形状
:
絹本著色 掛幅装
ト書
:
寛永十六年五月天祐紹杲の賛がある
画賛・奥書・銘文等
:
雲谷菴主雪舟等楊長老、
七十一歳之冬所筆自筆之圖也、
畫系五世之孫等與写之、請
賛、書短偈一章、應厥需矣、
曩昔遨遊大唐、
芳名今高扶桑、
禅餘百千所畫、
即是本地風光、
寛永十六龍集己卯仲夏日
前寶山天祐叟紹杲「天祐」(朱文鼎印)「紹杲」(白文方印)」
伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
2125
枝番
:
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2023.06.27(令和5.06.27)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
山口県
所在地
:
保管施設の名称
:
所有者名
:
山口県
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
詳細解説
室町時代の画僧・雪舟の肖像画で、寛永16年(1639)5月、大徳寺169世の天祐紹杲(1586~1666)の賛があり、「雪舟から数えて5世の雲谷等与が雪舟71歳の自画像を模写し、天祐に賛を請うた」ことが明記される。前後の状況から、等与(1612~1668)が父の等益から雲谷本家の家督を相続する記念として描いたものとみなされ、雪舟末流として江戸時代を通じ独特の存在感を示し続けた雲谷派にとって雪舟像が特別なものであったことを明示する資料として価値が高い。
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
一つ書
なし
添付ファイル
なし
解説文
室町時代の画僧・雪舟の肖像画で、寛永16年(1639)5月、大徳寺169世の天祐紹杲(1586~1666)の賛があり、「雪舟から数えて5世の雲谷等与が雪舟71歳の自画像を模写し、天祐に賛を請うた」ことが明記される。前後の状況から、等与(1612~1668)が父の等益から雲谷本家の家督を相続する記念として描いたものとみなされ、雪舟末流として江戸時代を通じ独特の存在感を示し続けた雲谷派にとって雪舟像が特別なものであったことを明示する資料として価値が高い。
詳細解説▶
詳細解説
室町時代の画僧・雪舟(1420~1502/6頃)の肖像画で、雪舟自画像を典拠とする同じ図像の作例が数点知られている。本作はそのひとつで、寛永16年(1639)5月、大徳寺169世・天祐紹杲(1586~1666)の賛がある。 この賛には「雪舟5世の雲谷等与が雪舟71歳冬の自画像を模写し、天祐に賛を求めた」と明記される。等益本(山口・常栄寺蔵)も近い時期に描かれたものとみられるが、両者を比較すると、近似した様式を持つ等益と等与の筆致の差がよく示されており、絵師について賛文が証言する内容は首肯できる。 等益が等与に家督を譲った時期は明確ではないが、寛永16年8月、大徳寺黄梅院内に等益の生前供養碑が建てられ、11月には等与・等爾兄弟がそろって法橋に叙任された。これに先立つ同年5月に描かれた本作においては、等与の雲谷本家相続が権威付けられた形となっており、まさにそれが本作の制作目的であったと考えられる。これによって雲谷本家には雪舟末流を称する根拠として、雪舟の旧居・雲谷軒の土地と雪舟自筆の「山水長巻」に、雪舟自画像を典拠とする雪舟像が加わったことになる。そこには雪舟末流としての流派体制を固めた父・等益の意図が強く反映しているとみられる。また、雲谷本家では幕末に至るまで、雪舟の霊璽と位牌が祀られた。画像も祀られたとすれば、まさに本作が使用された可能性は高い。 雪舟の肖像画は、雪舟を画祖とする雲谷派にとって特別な意味を持ったと考えられ、本作はそのことを具体的に証言する。本作を起点として、雲谷派に2つの山水長巻と2つの雪舟像があったことの意味が、ある程度の確度をもって推測できるのであり、本作は雲谷派研究の基礎資料として特に重要なものである。近世における雪舟受容を考える上で欠かせない作例であることはもとより、画派形成の具体を伝える作例として、また流派における画祖像の希少な現存例として、資料的価値の極めて高いものである。