国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
大聖寺城跡
ふりがな
:
だいしょうじじょうあと
4大聖寺城跡 4大聖寺城跡全景(北東より)
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種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
戦国期から織豊期
年代
:
西暦
:
面積
:
126935.11 m
2
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
78
特別区分
:
指定年月日
:
2025.09.18(令和7.09.18)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
二.都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡
所在都道府県
:
石川県
所在地(市区町村)
:
石川県加賀市
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
4大聖寺城跡 4大聖寺城跡全景(北東より)
解説文:
詳細解説
加賀・越前の国境近くに位置し、戦国期の加賀国支配をめぐる攻防が繰り広げられた城跡
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
4大聖寺城跡 4大聖寺城跡全景(北東より)
5大聖寺城跡 1大聖寺城跡と津葉城跡遠景(北東より)
7大聖寺城跡 3大聖寺城跡遠景(北西より)
13大聖寺城跡 9本丸櫓台(東南より)
30大聖寺城跡 4本丸地区第5区石垣検出状況(西より)
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4大聖寺城跡 4大聖寺城跡全景(北東より)
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5大聖寺城跡 1大聖寺城跡と津葉城跡遠景(北東より)
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7大聖寺城跡 3大聖寺城跡遠景(北西より)
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13大聖寺城跡 9本丸櫓台(東南より)
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30大聖寺城跡 4本丸地区第5区石垣検出状況(西より)
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解説文
加賀・越前の国境近くに位置し、戦国期の加賀国支配をめぐる攻防が繰り広げられた城跡
詳細解説▶
詳細解説
大聖寺城跡は、加賀・越前の国境近くに位置し、戦国期における加賀国(かがのくに)支配をめぐる攻防が繰り広げられた城跡である。当初は加賀一向一揆勢力の拠点であったが、天文(てんぶん)24年(1555)以降、越前朝倉氏が頻繁に加賀に侵攻し、大聖寺城を占拠した。天正(てんしょう)3年(1575)以降は織田・豊臣両氏が支配し城代を置いたが、慶長(けいちょう)5年(1600)には前田利長(まえだとしなが)が制圧し、元和(げんな)元年(1615)に廃城となった。 曲輪(くるわ)の形状や配置、虎口(こぐち)等が描かれた近世に作製された絵図と、縄張(なわばり)調査・測量調査で確認した遺構が概ね一致することから、廃城時の姿を遺していることが分かる。本丸を中心として、二の丸・鐘(かね)が丸(まる)の大規模な曲輪を高所に、その周辺の尾根筋に三の丸・戸次丸(べっきまる)等の曲輪、本丸と二の丸・戸次丸に挟まれた谷に対面所(たいめんしょ)と呼ばれる広大な平坦面を配置した城郭構造である。出土遺物は、16世紀後半~末の様相を示す京都系土師器(きょうとけいはじき)、越前焼による甕(かめ)・擂鉢(すりばち)等がある。 北陸における戦国期の政治状況の変化を知る上で重要である。