国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
羽衣石城跡
附 十万寺城跡
番城城跡
ふりがな
:
うえしじょうあと つけたり じゅうまんじじょうあと ばんじろじょうあと
羽衣石城跡 附 十万寺城跡 番城城跡_羽衣石城跡・十万寺城跡 航空写真 北から
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種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
戦国時代
年代
:
西暦
:
面積
:
730546.55 m
2
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
20
特別区分
:
特別以外
指定年月日
:
2026.02.17(令和8.02.17)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
二.都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡
所在都道府県
:
鳥取県
所在地(市区町村)
:
鳥取県東伯郡湯梨浜町
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
羽衣石城跡 附 十万寺城跡 番城城跡_羽衣石城跡・十万寺城跡 航空写真 北から
解説文:
詳細解説
天正(てんしょう)年間に繰り広げられた毛利氏・織田(羽柴)氏の攻防戦の最前線にあった山城跡
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
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羽衣石城跡 附 十万寺城跡 番城城跡_羽衣石城跡・十万寺城跡 航空写真 北から
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解説文
天正(てんしょう)年間に繰り広げられた毛利氏・織田(羽柴)氏の攻防戦の最前線にあった山城跡
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詳細解説
羽衣石城は、戦国期伯耆国(ほうきのくに)の国人領主で、主に東伯耆(ひがしほうき)方面で活躍した南条(なんじょう)氏が拠点とした山城跡である。羽衣石山(うえしやま)の頂上に位置し、北に日本海、眼下には古代以来の流通の要衝であった東郷池(とうごういけ)と天神川(てんじんがわ)下流域右岸に広がる羽合平野(はわいへいや)、北西に天神川下流域左岸に広がる北条平野(ほうじょうへいや)、西に大山(だいせん)を望み、伯耆国東部一帯を見渡せる位置にあることから、東伯耆の拠点城郭として機能した。 山頂部の古城曲輪群(こじょうくるわぐん)を中心に、北から西にかけて二ノ上谷曲輪群(にのうえのたにくるわぐん)・八幡平曲輪群(はちまんひらくるわぐん)・上中谷曲輪群(かみちゅうだにくるわぐん)の3つの曲輪群が尾根上に放射状に展開する城郭で、その南北に大規模な土塁や堀を伴った十万寺城や番城城の出城を築き、戦闘に応じた築城技術を展開している。 発掘調査の成果から、石積や集石遺構(しゅうせきいこう)が検出され、その周辺から16世紀後半のものと推定される土器・陶磁器片が出土している。天正(てんしょう)8年(1580)から本格化する毛利氏・織田(羽柴)氏の攻防戦における最前線の城であり、戦国期における山陰地方の政治状況の変化を知る上で重要である。