国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
旧名手宿本陣
ふりがな
:
きゅうなてじゅくほんじん
旧名手宿本陣
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種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
年代
:
西暦
:
面積
:
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
166
特別区分
:
特別以外
指定年月日
:
1970.04.02(昭和45.04.02)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
六.交通・通信施設、治山・治水施設、生産施設その他経済・生産活動に関する遺跡
所在都道府県
:
和歌山県
所在地(市区町村)
:
紀の川市
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
旧名手宿本陣
解説文:
詳細解説
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
旧名手宿本陣
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旧名手宿本陣
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詳細解説
S44-12-012旧名手宿本陣.txt: 本陣妹背家は、紀伊八庄司の一人で、畠山氏に属し、名手庄市場村に住したが、元和年間、徳川氏の紀州入国とともに地士となり、また本陣に指定され、寛永年間には、名手組19か村の大庄屋を命ぜられた。 名手宿は、大和街道の和歌山より7里半の位置にあり、記録によれば、本陣は火災の後、享保より宝暦年間にかけて再興された。東西約40メートル、南北80メートルの矩形の敷地周囲に築地塀をめぐらし、御成門・通用門・主屋・蔵などを構え、主屋は南面に玄関・式台、奥に店の間・取次の間・台所、さらに御殿にあたる上段の間・次の間などを配する。蔵は主屋の西に南北2つあり、それぞれ寛永年間の棟札があるから、あるいは正徳の火災に焼け残ったとも考えられる。 主屋の北に、築地の仕切塀をへだてて、2棟の役所がある。奉行組同心の詰所と物置で、妹背家が地士頭の扱いをうけていたので、同心が駐在したものといわれ、延享3年の墨書が発見された。 このように、本陣・役所の建物の来歴が明らかであり、また本陣・地士・大庄屋を兼ねた総体の構えをよく遺存しているのは貴重である。よって、この本陣の旧敷地を指定する。