国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
白米山古墳
ふりがな
:
しらげやまこふん
3332 白米山古墳 後円部 発掘調査中
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種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
年代
:
西暦
:
面積
:
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
44
特別区分
:
特別以外
指定年月日
:
2002.03.19(平成14.03.19)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
一.貝塚、集落跡、古墳その他この類の遺跡
所在都道府県
:
京都府
所在地(市区町村)
:
与謝郡与謝町
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
3332 白米山古墳 後円部 発掘調査中
解説文:
詳細解説
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
3332 白米山古墳 後円部 発掘調査中
3332 白米山古墳 後円部の中心埋葬部
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3332 白米山古墳 後円部 発掘調査中
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3332 白米山古墳 後円部の中心埋葬部
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詳細解説
白米山古墳は古墳時代前期の墳丘長約90mの前方後円墳である。古墳のある加悦町は,丹後半島のつけ根,天橋立のある宮津湾・阿蘇海にそそぐ野田川の中流域にあり,丹後地方でもっとも広い平野をもつ。古墳は東側の丘陵が野田川の形成した平野につきだした先端部分にある。史跡になっている蛭子山古墳と作山古墳群は,白米山古墳の北約1.5kmに位置する。 白米山古墳は昭和のはじめには存在が知られており,墳丘の測量が何度かなされ, 昭和62年には京都府の文化財に指定されている。その後,平成6年に国道176号線バイパスが古墳の脇に開通したことにより,道路沿いの開発が予想されるようになったため、保存を目的とする範囲確認調査を平成8年〜10年の3カ年にわたって加悦町教育委員会が実施した。 本古墳は,西方の平野部からの比高20mほどの小丘陵上に立地し,前方部を北に向ける。墳丘長約90m,復円部の直径約52m,高さ約8m,前方部の幅約31mの規模をもつ。前方部は先端でやや開く形態である。墳丘は二段築成で,前方部は後世の改変を受けているが全体に遣存状況がよく,復円部では葺石が墳頂近くまで残っている部分もある。復円部のテラス面には礫敷を施している。後円部では調査範囲で複数の主体部が認められたが、中心主体は第1主体とよぶ東西方向の竪穴式石室である。長さ約4mと推定され、天井石6枚を確かめている。この竪穴式石室への埋葬に際して、それを囲み前方部に開いたT字形に杭を打ち込んでいること、また復円部の縁辺に柱列をめぐらせていることが確かめられた。また、テラス面にも小石室や石棺などの埋葬施設が認められ、さらに墳丘の周辺には方形を基調とする小規模な古墳や、木棺墓や土坑墓が確かめられている。これらは、復円部西側の尾根上にある白米山西古墳群 とともに、白米山古墳の被葬者と同じ集団によるものと考えられ、共通の墓域となっていたものであろう。 白米山古墳は出土した土器から、古墳時代前期の中頃に築造されたものと考えられる。古墳時代前期でも未頃になると、前方後円墳の分布は広範に広がるとともに、大型のものも現れてくるが、前期前半から中頃の前方後円墳は数が限られており、また100m前後の規模をもつものはさらに少ない。そのなかで90mの規模をもつ白米山古墳は、この時期のものとしては丹後で最大であり、丹後地域における前方後円墳の波及を考える上で欠くことのできない重要な古墳である。よって史跡に指定し保存を図ろうとするものである。