国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
登録記念物
主情報
名称
:
菊池海荘宅跡
ふりがな
:
きくちかいそうたくあと
菊池海荘宅跡
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種別1
:
登録記念物(遺跡関係)
種別2
:
時代
:
年代
:
西暦
:
面積
:
2038.0 m
2
その他参考となるべき事項
:
登録番号
:
30-1-0001
登録年月日
:
2024.10.11(令和6.10.11)
追加年月日
:
登録基準
:
所在都道府県
:
和歌山県
所在地(市区町村)
:
和歌山県湯浅町
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
菊池海荘宅跡
解説文:
詳細解説
幕末、紀州藩や朝廷へ海防献策し、地域の青年教育に尽力した湯浅出身の菊池海荘の宅跡。
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
菊池海荘宅跡
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菊池海荘宅跡
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解説文
幕末、紀州藩や朝廷へ海防献策し、地域の青年教育に尽力した湯浅出身の菊池海荘の宅跡。
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詳細解説
湯浅出身で、房総での鰯網(いわしあみ)漁(りょう)により江戸で干(ほし)鰯(か)問屋(どんや)、砂糖問屋等を経営した豪商の家に生まれた菊池海荘の旧宅跡である。菊池海荘は、天保年間の飢饉に際し、栖原(すはら)坂改修等の救荒策を講じ、また隣村の広村(ひろむら)出身の濵口梧陵(はまぐちごりょう)らと紀州藩や朝廷へ紀淡(きだん)海峡(かいきょう)の海防を献策し、実際に六斤野戦砲等を製造し広村天王浜に設置した。また地域の青年教育に尽力した人物で、漢詩文を学び、多くの儒者・文人等と交わる知識人ネットワークの中核をなした。菊池家は江戸に店を構えた後も、出身の栖原に本宅を置いており、菊池海荘の旧宅跡は本家の南東に位置し、約2000㎡の屋敷地が現存している。旧宅の建物は既に解体されているが、敷地の西と北を画する土塀や、菊池海荘家に伝来した屋敷図面と一致する地割と、井戸や石組水路、「神社」と記される鹿島祠等の遺構が敷地内に残る。 湯浅町栖原には豪商の住宅跡が残るが、菊池海荘旧宅跡はその一つであり、幕末、私財を投じ国事等に奔走した海荘の事績を物語る遺跡である。