国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
登録記念物
主情報
名称
:
金武鍾乳洞(日秀洞)
ふりがな
:
きんしょうにゅうどう(にっしゅうどう)
03_金武鍾乳洞(日秀洞)_日秀洞大広間:北側から南側
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種別1
:
登録記念物(名勝地関係)
種別2
:
時代
:
年代
:
西暦
:
面積
:
8891.52 m
2
その他参考となるべき事項
:
登録番号
:
25
登録年月日
:
2026.02.17(令和8.02.17)
追加年月日
:
登録基準
:
三 再現することが容易でないもの
所在都道府県
:
沖縄県
所在地(市区町村)
:
沖縄県国頭郡金武町
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
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管理団体・管理責任者名
:
03_金武鍾乳洞(日秀洞)_日秀洞大広間:北側から南側
解説文:
詳細解説
寺院境内に開口部があり、内部に高さ約13mの「大広間」と呼ばれる空間を持つ鍾乳洞
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
03_金武鍾乳洞(日秀洞)_日秀洞大広間:北側から南側
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03_金武鍾乳洞(日秀洞)_日秀洞大広間:北側から南側
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解説文
寺院境内に開口部があり、内部に高さ約13mの「大広間」と呼ばれる空間を持つ鍾乳洞
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詳細解説
金武鍾乳洞(日秀洞)は金武町の南東部に位置する。5つの洞穴から成る洞穴群の1つで、東西方向に約200mのびる。いくつかある開口部の1つが観音寺(かんのんじ)の境内にあり、そこから内部に入ることができる。 16世紀前半に金武間切(きんまぎり)に漂着した真言僧日秀(にっしゅう)は観音寺を開創し、また鍾乳洞内に熊野権現を祀ったと伝わる。 戦時中には、沖縄戦において地元住民や沖縄本島中南部から逃れてきた人々の避難場所となったが、戦後は再び宗教的な空間となり、昭和30年代に、当時の観音寺住職により手摺や照明が整備されて一般に公開され、景勝地として広く認識されるようになった。 金武鍾乳洞は、琉球石灰岩が侵食されてできたもので、延長が約200mある。観音寺の境内にある開口部から下へ降りてゆくと、権現を祀る空間があり、そのまま進むとやがて「大広間」と呼ばれる空間に出る。「大広間」は、東西約40m、南北約40m、高さ最大約13mの広さで、形成後数千年から数万年が経っていると考えられている。多数の鍾乳石や石筍のある広い鍾乳洞の景観は非常に特徴的であり、訪れる人々を驚かせる。