国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(建造物)
各棟情報
名称
:
法隆寺西円堂
ふりがな
:
ほうりゅうじさいえんどう
棟名
:
棟名ふりがな
:
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員数
:
1棟
種別
:
近世以前/寺院
時代
:
鎌倉前期
年代
:
建長2
西暦
:
1250
構造及び形式等
:
八角円堂、一重、本瓦葺
創建及び沿革
:
棟礼、墨書、その他参考となるべき事項
:
指定番号
:
00174
国宝・重文区分
:
国宝
重文指定年月日
:
1901.03.27(明治34.03.27)
国宝指定年月日
:
1955.02.02(昭和30.02.02)
追加年月日
:
重文指定基準1
:
重文指定基準2
:
所在都道府県
:
奈良県
所在地
:
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内
保管施設の名称
:
所有者名
:
法隆寺
所有者種別
:
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
詳細解説
法隆寺境内の西北隅にある八角堂で、建長二年(鎌倉時代中期)の建立になる。
関連情報
(情報の有無)
附指定
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解説文
法隆寺境内の西北隅にある八角堂で、建長二年(鎌倉時代中期)の建立になる。
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詳細解説
法隆寺西円堂 一棟 西円堂は寺地西北隅のやや高いところにあり、奈良時代の創建で、本尊薬師如来坐像は橘夫人の発願になると伝えるが、天平十九年(七四七)の『資材帳』には記載がない。当初の建物は永承五年(一〇五〇)に破損し、本尊は講堂に移されたが、建長二年(一二五〇)に再建された(心束墨書)。その後応永五年(一三九八)、慶長、元禄などに修理をうけ、文政八年(一八二五)に唐破風造の向拝を付加したが、昭和修理で向拝を切り離し、現状の形に整えた。 壇上積基壇の上に建つ八角円堂で、側柱礎石は自然石であるが、入側柱の凝灰岩切石の礎石は創建堂のものが残る。八角柱を用い、側柱上は三斗組をおき、中備は間斗束、軒は二軒繁垂木、屋根の頂上には露盤と宝珠をのせ、東院夢殿よりも簡素な扱いとする。入側柱上には大斗をおいて直接桁をうけ、中備は皿斗付の間斗を用いる。側・入側の間には繋虹梁と飛貫を入れる。四面を扉口、その中間は正面左右は連子窓、背面側は土壁とする。 内部は周囲を石敷とし、入側柱を囲んで二重の木造仏壇を構えているが、内部に創建当時の土築の仏像が残る。天井は全体を化粧屋根裏とする。入側中備の皿斗付の間斗や、側頭貫の幅を柱のきわで小さくしている手法は、大仏様の影響である。 永承倒壊後、長く再建されなかったから、構造や細部まで創建堂を踏襲しているかどうかは疑わしいが、このような簡素な形式は奈良時代以来と思われ、八角円堂として貴重な存在である。 【引用文献】 『国宝大辞典(五)建造物』(講談社 一九八五)
関連情報
附指定
旧小屋組心束
棟札
関連情報
附指定
附名称
:
旧小屋組心束
附員数
:
1本
関連情報
附指定
附名称
:
棟札
附員数
:
2枚