国指定文化財等
データベース
・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
鉦鼓
ふりがな
:
しょうこ
地図表示▶
解説表示▶
員数
:
1口
種別
:
工芸品
国
:
日本
時代
:
平安
年代
:
長承3
西暦
:
1134
作者
:
寸法・重量
:
面径29.2 口径30.5 伏高5.1(㎝) 重6012.0(g)
附 面径27.9 口径30.1 伏高4.6(㎝) 重7096.5(g)
品質・形状
:
銅鋳製。鼓面は緩やかな甲盛をつけ、二条一組の紐帯をほぼ等間隔で同心円状に三組造り出して四区に分割する。側面の立ち上がりはやや低めで、口縁部には二条の紐帯を造り出す。左右の肩部にそれぞれ一個ずつの山形鐶座を共鋳し、円孔を穿って円鐶を通す。
側面の両耳脇上方より銘文をそれぞれ一行ずつ蹴彫線刻にて表している。
(附)形制は長承銘鉦鼓と比して、ほぼ同然であるが、鼓面の甲盛がやや弱く、胎は厚く、紐帯も幅が広く不均整である。
ト書
:
「長承三年三月十一日奉鋳四口之内四■
別當法印権大僧都定海」の刻銘がある
画賛・奥書・銘文等
:
長承三年三月十一日奉鋳四口之内四■
別當法印権大僧都定海
伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
02628
枝番
:
00
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2005.06.09(平成17.06.09)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
京都府
所在地
:
京都国立博物館 京都府京都市東山区茶屋町527
保管施設の名称
:
京都国立博物館
所有者名
:
八坂神社
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
銅製で鋳造巧みな大型の鉦鼓である。鼓面径の大きさと伏高に比して側面が低く、鼓面は緩やかな張りを見せ、紐帯も細く均整がとれた円弧を描いて優美であるなど、鉦鼓として初期的な様式を示している。鉦鼓は、元来舞楽や雅楽演奏に際して用いられた打楽器で、大型の鉦鼓は〓【だ】太鼓の縁と同様式の火焔型鉦架に懸けられ、祭礼神事や寺院の法要などの演奏に用いられた。
本品は、京都祇園の八坂神社に伝来したもので、近年まで秋の祭礼において使用されていた。側面左右の肩部に二箇の山形鐶座(鉦鼓耳)が造り出されそれぞれの脇には、以下の銘文が一行ずつ蹴彫で線刻されている。
「長承三年三月十一日奉鋳四口之内四」
「別當法印権大僧都定海」
この銘文は、すでに重要文化財指定となっている鉦鼓二口(東大寺および手向山八幡宮所蔵)に記された銘文と内容、書体ともに一文を除いてまったく同様である。すなわち、東大寺鉦鼓に「四口之内二」、手向山八幡宮鉦鼓には「四口之内三」、そして本鉦鼓には「四口之内四」と記されていることから、これら三点が本来一具をなしており、定海が長承三年三月十一日に製作させた四口の鉦鼓の一つであることが知られる。定海は、右大臣源顕房の子で、『東大寺要録』の「第七十七代法務大僧正定海 大治四年五月日任二初律師」に比定される人物である。大治四年(一一二九)から永治元年(一一四一)に東大寺別当を務め、ほかに真言僧として醍醐寺座主や東寺長者なども歴任した高僧である。
本品が伝来した八坂神社は、東大寺、手向山八幡宮との直接的な繋がりについては不明である。しかしながら、東大寺転害門から南に下ったところに、建武年間ころ成立の社伝をもつ「祇園八坂神社」が現存する。もと手向山八幡宮の摂社で、『大乗院寺社雑事記』には、室町時代中期、寛正年間にはすでに毎年六月十四日に例祭として祇園会が行われていた記録が散見され、間接的ながらその繋がりが想定される。
本品は、東大寺および手向山八幡宮伝来の鉦鼓と一具をなす三口目の遺品であり、わが国最古の紀年銘を有する大型鉦鼓の一つとして貴重である。
また、当社には本品と一対として使用されてきた無銘の大型鉦鼓が一口伝来している。長承銘の鉦鼓と比して鼓面の甲盛が少なく、口縁の幅は広くて胎が厚めになるなど、やや鈍重な作行【さくゆき】を示す。しかしながら、総体の形制様式はほぼ同じであることから、長承銘の鉦鼓を本歌として後代に模倣製作したものと思われる。
関連情報
(情報の有無)
附指定
一つ書
なし
添付ファイル
なし
Loading
Zeom Level
Zoom Mode
解説文
銅製で鋳造巧みな大型の鉦鼓である。鼓面径の大きさと伏高に比して側面が低く、鼓面は緩やかな張りを見せ、紐帯も細く均整がとれた円弧を描いて優美であるなど、鉦鼓として初期的な様式を示している。鉦鼓は、元来舞楽や雅楽演奏に際して用いられた打楽器で、大型の鉦鼓は〓【だ】太鼓の縁と同様式の火焔型鉦架に懸けられ、祭礼神事や寺院の法要などの演奏に用いられた。 本品は、京都祇園の八坂神社に伝来したもので、近年まで秋の祭礼において使用されていた。側面左右の肩部に二箇の山形鐶座(鉦鼓耳)が造り出されそれぞれの脇には、以下の銘文が一行ずつ蹴彫で線刻されている。 「長承三年三月十一日奉鋳四口之内四」 「別當法印権大僧都定海」 この銘文は、すでに重要文化財指定となっている鉦鼓二口(東大寺および手向山八幡宮所蔵)に記された銘文と内容、書体ともに一文を除いてまったく同様である。すなわち、東大寺鉦鼓に「四口之内二」、手向山八幡宮鉦鼓には「四口之内三」、そして本鉦鼓には「四口之内四」と記されていることから、これら三点が本来一具をなしており、定海が長承三年三月十一日に製作させた四口の鉦鼓の一つであることが知られる。定海は、右大臣源顕房の子で、『東大寺要録』の「第七十七代法務大僧正定海 大治四年五月日任二初律師」に比定される人物である。大治四年(一一二九)から永治元年(一一四一)に東大寺別当を務め、ほかに真言僧として醍醐寺座主や東寺長者なども歴任した高僧である。 本品が伝来した八坂神社は、東大寺、手向山八幡宮との直接的な繋がりについては不明である。しかしながら、東大寺転害門から南に下ったところに、建武年間ころ成立の社伝をもつ「祇園八坂神社」が現存する。もと手向山八幡宮の摂社で、『大乗院寺社雑事記』には、室町時代中期、寛正年間にはすでに毎年六月十四日に例祭として祇園会が行われていた記録が散見され、間接的ながらその繋がりが想定される。 本品は、東大寺および手向山八幡宮伝来の鉦鼓と一具をなす三口目の遺品であり、わが国最古の紀年銘を有する大型鉦鼓の一つとして貴重である。 また、当社には本品と一対として使用されてきた無銘の大型鉦鼓が一口伝来している。長承銘の鉦鼓と比して鼓面の甲盛が少なく、口縁の幅は広くて胎が厚めになるなど、やや鈍重な作行【さくゆき】を示す。しかしながら、総体の形制様式はほぼ同じであることから、長承銘の鉦鼓を本歌として後代に模倣製作したものと思われる。
関連情報
附指定
鉦鼓
関連情報
附指定
附名称
:
鉦鼓
附員数
:
一口
附ト書
: