国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
国宝・重要文化財(美術工芸品)
主情報
名称
:
木造菩薩坐像
ふりがな
:
もくぞうぼさつざぞう
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員数
:
2躯
種別
:
彫刻
国
:
時代
:
平安
年代
:
西暦
:
作者
:
寸法・重量
:
品質・形状
:
ト書
:
画賛・奥書・銘文等
:
伝来・その他参考となるべき事項
:
指定番号(登録番号)
:
3568
枝番
:
国宝・重文区分
:
重要文化財
重文指定年月日
:
2010.06.29(平成22.06.29)
国宝指定年月日
:
追加年月日
:
所在都道府県
:
岐阜県
所在地
:
岐阜県関市小屋名小洞1989
保管施設の名称
:
岐阜県博物館
所有者名
:
臨川寺
管理団体・管理責任者名
:
解説文:
詳細解説
浄土世界を讃歎供養する菩薩像として造られたとみられ、その一は横笛を吹く姿だったと想像される。その二の両足部等が後補になることが惜しまれるが、流麗な翻波式衣文や、凝った意匠になる髪筋や宝冠、弾力を感じさせる肉身表現に優れた彫技をみせる。
関連情報
(情報の有無)
附指定
なし
一つ書
なし
添付ファイル
なし
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解説文
浄土世界を讃歎供養する菩薩像として造られたとみられ、その一は横笛を吹く姿だったと想像される。その二の両足部等が後補になることが惜しまれるが、流麗な翻波式衣文や、凝った意匠になる髪筋や宝冠、弾力を感じさせる肉身表現に優れた彫技をみせる。
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詳細解説
坐って自由な躰勢をとる二軀の菩薩像で、常楽寺開創から間もない元禄十二年(一六九九)に、京都より本尊として寄進された古仏三尊の脇侍にあたる(中尊は南北朝時代作)。 ともに榧【かや】かと思われる針葉樹材からほぼ全容を彫成する。衣文【えもん】の鋭く流麗な表現は一流の仏師の作であることをうかがわせる。その様式は、目尻を吊り上げ、唇・下顎の肉を突出した表情、背面肩の盛り上げや脇腹の弛み等の躰部の豊かな肉付き、衣文線にも翻波式【ほんぱしき】衣文を見せるなど、構造、作風ともに平安時代初期彫像の特徴が顕著である。たとえばその一の花葉形を配する宝冠意匠は、京都・広隆寺の木造聖観音立像(重要文化財)、大阪・四天王寺の木造阿弥陀如来及両脇侍像(重要文化財)脇侍の一躰、三重・普賢寺の木造普賢菩薩坐像(重要文化財)等にみられ、九世紀中ごろの作例と比較できよう。その一方で、その二の目尻を吊り上げたような表情は、三重・瀬古区の木造十一面観音立像(重要文化財)を、髻の形式や髪筋を宝冠上で交差させて垂らすやり方は、京都・宝菩提院木造菩薩半跏像(国宝)を思わせ、製作年代はさらに遡る可能性も考えられる。また、その二の宝冠には彩色文様の痕がのこり、繧繝【うんげん】彩色による華麗な花文が施されていたことがわかる。このように、画像はそれぞれ宝冠の意匠や髪の形式に変化をもたせることに意を注いでいるようである。 注目すべきはその一の像容で、口の形と、上半身を斜め左にひねる躰勢から、元は両手で横笛を持ち、これを吹く姿であったかと想像される。両像はともに条帛【じょうはく】を著けないことなども併せ考えて、浄土群像の奏楽菩薩あるいは供養菩薩の一部をなしていたと考えられる。こうした浄土群像は古くは興福寺中金堂の弥勒浄土像(養老五年〈七二一〉)の天人一六軀、東大寺阿弥陀堂(神護景雲元年〈七六七〉以前)の阿弥陀浄土像の音声【おんじょう】菩薩一〇軀、光明皇太后追善のための法華寺阿弥陀浄土院の母屋小壁に置かれた楽天二八軀等、奈良時代の例が史料から知られる。平安初期では史料の制約から、こうした浄土群像を安置した例は知られないが、前述の大阪・四天王寺像はそうした像であった可能性がある。本像は同像とともにこうした浄土群像の平安初期に遡る遺品として貴重である。 その二の両脚部、左肩より後補となっていることは惜しまれるが、それを差し引いても、本像は当代の奏楽菩薩、供養菩薩像の類例稀な作例として評価される。