国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
史跡名勝天然記念物
主情報
名称
:
徳島城跡
ふりがな
:
とくしまじょうあと
月見櫓跡石垣と東堀
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種別1
:
史跡
種別2
:
時代
:
年代
:
西暦
:
面積
:
その他参考となるべき事項
:
告示番号
:
4
特別区分
:
特別以外
指定年月日
:
2006.01.26(平成18.01.26)
特別指定年月日
:
追加年月日
:
指定基準
:
二.都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡
所在都道府県
:
徳島県
所在地(市区町村)
:
徳島市徳島町
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
月見櫓跡石垣と東堀
解説文:
詳細解説
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
写真一覧
月見櫓跡石垣と東堀
写真一覧
月見櫓跡石垣と東堀
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詳細解説
徳島城跡は、徳島県の北東部に位置し、徳島市街地の中心部、標高約61mの城山を中心に築かれた戦国末期から近世の平山城跡で、中世の平山城から始まると伝える。 天正13年(1585)に17万石余の領主として阿波に入国した蜂須賀家政が、本格的な築城に着手し、翌14年に完成した。以後明治に至るまで14代、約280年の間、25万石余の徳島藩主蜂須賀家の居城であった。徳島城跡は東西約640m、南北約550mで、城山頂上に本丸を配し、東二の丸、西二の丸、西三の丸が連なっている。本丸東下には政庁・藩主居所の表御殿が、西三の丸西下には隠居居所の西の丸御殿が置かれていた。明治8年(1875)に城郭建物が撤去され、表御殿庭園と石垣、堀の一部を残すのみとなった。石垣は全て阿波の青石で築かれており、独特の雰囲気と景観を形成している。徳島城跡は、戦国末期から江戸時代まで阿波支配の拠点城郭であり、縄張り、石垣、枡形、庭園、内堀等の遺構も良好に遺存しており、我が国の歴史を考える上で重要である。