国指定文化財等
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・・・国宝、重要文化財
登録記念物
主情報
名称
:
正智院庭園
ふりがな
:
しょうちいんていえん
正智院庭園
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種別1
:
登録記念物(名勝地関係)
種別2
:
時代
:
近代
年代
:
西暦
:
面積
:
2882.0 m
2
その他参考となるべき事項
:
登録番号
:
登録年月日
:
2010.02.22(平成22.02.22)
追加年月日
:
登録基準
:
一.公園、庭園
所在都道府県
:
和歌山県
所在地(市区町村)
:
和歌山県伊都郡高野町大字高野山
保管施設の名称
:
所有者種別
:
所有者名
:
管理団体・管理責任者名
:
正智院庭園
解説文:
詳細解説
昭和27年に重森三玲によって造られた高野山の正智院の庭園。明神岩と呼ばれる自然の岩盤を背景として、苔地と白砂敷の中に立石が配された枯山水の庭園であり、高野山の庭園文化を知る上でも、造園史上の意義が深い。
関連情報
(情報の有無)
指定等後に行った措置
なし
添付ファイル
なし
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正智院庭園
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正智院庭園
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解説文
昭和27年に重森三玲によって造られた高野山の正智院の庭園。明神岩と呼ばれる自然の岩盤を背景として、苔地と白砂敷の中に立石が配された枯山水の庭園であり、高野山の庭園文化を知る上でも、造園史上の意義が深い。
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詳細解説
日本庭園の研究者でもある作庭家の重森三玲(明治29年〈1896〉~昭和50年〈1975〉)は、大正時代から逝去した昭和50年まで、近畿から中国、四国地方の寺社や住宅等において、非常に多くの庭園を造った。日本庭園の伝統的な様式を基礎としながら、立石を多用したり、独創性のある意匠や現代的な材料を組み合わせ、従来にない庭園が創造されている。高野山にも度々訪れ、宿坊を備えた西南院、桜池院、正智院、西禅院、本覚院、光臺院、不動院、福智院において、それぞれ特徴のある庭園を残しており、高野山では重森の多彩な作庭手法や独自の意匠の多くをみることができる。 高野山西北部の谷上に位置する正智院の庭園は、重森によって昭和27年(1952)に造られたものである。建物と、その北側に迫る「明神岩」と呼ばれる岩盤との間の細長い平坦地に石を立て、他は苔と白砂で覆っている。現在、平坦地や岩盤の斜面上にはモチツツジやイロハモミジ、アカマツ等が生えている。明神岩は、周囲の峰々を内外二重の蓮の花弁であるとする高野浄土信仰に起因する内八葉のひとつである「神応峯」の最下部にあたり、正智院は高野山の中でも特に神聖な場所に位置していると考えられている。作者は、岩山を背景とした水墨山水画そのままの作庭を意図したという。 本庭園は、自然の岩盤を取り込んだ高野山の子院の枯山水庭園であり、多彩な庭園を残した重森三玲の作風のひとつを示す事例として意義が深く、造園文化の発展にも十分に寄与していると考えられる。